プロローグ二 4
ポタリ、ポタリと、何かが少年の頬から垂れ落ちる。それが液体であることを認識した刹那。
曇天の空より、猛烈な雨が地上に降り注いだ。
「うわぁ!?」
「な、なんなのこれぇ!?」
「やっべぇ、早くどっかで雨宿りしねぇと!」
「あーんもう、せっかくの服が台無しー!」
爆音のような雨音に、リア充共の悲鳴が混ざる。商店街を走り抜ける彼等の顔は、路地裏からでもはっきりと見て取れた。
「ふはははははは。存外面白いな、これは。よし決めたぞ、今後は幸福そうな連中を見かけたらその顔を台無しにしてやろう。人の不幸は蜜の味とはよく言ったものだ」
楽しげに笑う京香。平常時の暗人であれば、彼女以上に爆笑し、悦に浸っているだろう。
しかし今は違った。バカップル共に天誅が下ったというのに、楽しげな気分にすらなれない。
なぜなら、あまりにもおかしいからだ。この現状が。
今、季節は冬である。さらに、本日はかなり寒く、降るとするなら雪や雹以外ありえない。即ち、雨が降るなどという現象は、起こるわけがないのだ。
百歩譲って異常気象だということで片付けたとしても、もう一つの“謎”は解くことができない。その回答を持つのは、彼女だけだろう。
だから、少年は魔性の存在に向けて、問いを投げた。
「なんで……なんで君の周りにだけ、雨が降ってないの?」
それはまさしく異常事態だった。スコール以上に降り注ぐ水滴が地上を水浸しにする中、彼女が立つ場所を中心に数十センチ分のみ微塵も濡れていない。必然的に、彼女自身にも水は一滴すらかかっていなかった。
ドス黒い瞳をまん丸にして、ぽかんと口を開く暗人。それに対し、京香は白い歯を剥き出しにしてニヤリと笑う。
「例えばだ。一人暮らしの男がいるとしよう。私はそいつの家に忍び込み、そいつの部屋のドアの前で待機する。そのことを対象は知らない。そうなるとドアを開けた瞬間、突如見知らぬ美少女、否、超美少女が眼前に出現するというわけだ。そいつはきっと驚きと恐怖で尻餅をつくだろう。そうしてそいつは私にこう尋ねるのだ。“お前は何者だ”、とな。私は間抜け面を見ながら、愉快な気分で答える。私は――」
彼女は先刻の言葉を繰り返す。
嘘偽りない情報を。
逢魔京香の、真実を。
「ただの魔術師さ、この凡骨めが」
これが、二人にとってのファーストコンタクトだった。
この時点の暗人には知る由もない。
彼女と今後、どのような関係になっていくかなど――