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第四章 3

「さて、虎龍院大我。やろうと思えば、私はさっきの一撃で貴様を殺せていた。貴様が未だこの世に存在しているのは、まだ貴様の如き矮小な人間に要件があるからだ」

 そう前置きすると、黒髪の美少女は依然として立ち上がることのできぬ殺人者を問い詰めた。

「貴様をインスタントにしたのはどこのどいつだ? 言動から魔術発生プロセスに至るまで全てがインスタントのそれ。貴様は純正の魔術師ではない。となれば、何者かが貴様に己の血液を与えたのだろう。そいつは一体何者だ? そいつは何を企んでいる?」

「そ、それは――」

 口ごもる大我。

 そして、京香の疑問が解消される。

 虎龍院の当主によって、ではなく――

“彼女”によって。

 

「想定通り、追い詰められましたわねぇ。大我さん」

 

 艶然とした声が、“暗人の背後”から放たれた。

 その刹那。

「なっ!? こ、これは――」

 大我の周囲に大量の泡が突如出現。吃驚きっきょうする彼の肉体を瞬く間に包み込んだ。

「……このような不覚は、生まれて初めてだ」

 無感情に呟く京香。その紅い眼が見据える先、殺人者を包んだ泡が鮮血の色へと染まっていく。

 一方で、少年は現状の把握に努めていた。

 大我は死亡。これは確定であろう。そこはもう受け入れている。されど、なぜこのような状況となったのか。それが判然としない。

 それを明らかとする方法を、彼は即座に実行した。

「鬼龍院さん……?」

 後ろを向いて、思い人の様子を伺う。

 彼女は、先刻同様の声で応答した。少年が知らぬ、別人の声で。

「お生憎様。わたしくしは鬼龍院香澄ではありませんわ」

 喋り終えた途端、彼女の姿が消えた。少なくとも、常人にはそう見えただだろう。しかし、鍛え抜いた動体視力を持つ暗人には、何が起きたのかギリギリで認識できていた。

 栗髪の少女は、彼の横を通り過ぎたのだ。人では決して出し得ない速度で。

 このようなことができるのは、身体強化が可能な魔術師のみ。

 ますます意味不明な展開を見せる現状に当惑を感じつつ、暗人は室内中央に目を向けた。

 赤く染まり尽くし、床を流れる泡。その近くに立つ香澄。

 彼女に対し、京香が口を開いた。

「……虎龍院大我は、私の存在を知らなかった。そう“あって欲しくない”と思い、わざわざ帰宅したという誤情報を流したわけだが……無駄だった。ゆえに、私はありえないと思いつつ、奴に問うた。お前を操っているのは誰か、と。本当は、予想などとうについていて、これから何が起こるのかまで読めていたというのに、私はそれを信じたくないがため、このような醜態を晒したというわけだ。……虎龍院は私を欺くための囮でしかなく、機が熟したなら最初からこうするつもりでいた。そうでしょう?」

 暗人が初めて聞く、京香の敬語。

 投げられた問いに、香澄の姿をした誰かは微笑みを浮かべた。

「彼は哀れな人間でした。父の言葉に縛られ自身の人生を捨て、悦楽に興じることなく苦しい鍛錬を積み重ね、しかしそれがまるで報われぬことを呪っていた。非常に、非常に可哀想な方でしたわぁ。なればこそ、この現実という名の地獄にて、ほんの一時だけ夢を見せて差し上げたかった。自分の目的が叶うのだという、甘い甘い夢を。その果てに――“救済”する。一人の人間が救われ、さらに生贄の数も増加。まさに一石二鳥だったのですが……存外、貴女は気づくのが早かった。わたくしの計算ですと、放置しておけば貴女はわたくしよりも早く大我さんを救ってしまう」

「それを防ぐために考えついたのが幻惑を使用しての“入れ替わり”ですか。……一体いつから代わっていたのです?」

「約一週間前といったところでしょうかねぇ。別の誰かとして貴女を見るのは、中々新鮮な体験でしたわ」

「そうですか。……では、もうそろそろ元の姿へとお戻りになられてはいかがです?」

 提言に頷く変装者。一瞬の間の後、その姿が徐々に変わっていく。

 栗色の髪が艶やかな黒へ。幼い顔立ちが大人びた美貌へ。低い背丈が女としては高い部類へ。可愛らしい少女的衣服が、白を基調とした華やかな着物へ。

 その外見は、京香そっくりだった。彼女が歳を重ねたならこのようになるのではないか。そう思わせる何かを感じる。

 この感覚はそう――血縁だ。

「例えば、頭の固い現実主義者がいたとする。そいつはオカルトといった超常的存在を一切信じない人間で、その思想を正しいものと信じて疑わない。されど、もしそいつが非現実に直面し、その存在を認めざるを得ない状況に陥ったとしたら? 信じていた現実が間違っていたことを、受け入れねばならなくなったとしたしたら? ……私は今、そんな気分ですよ。姉様」

 紅い瞳同士が、互の姿を映し合う。

 外見は似通っていても、両者の顔に貼り付けられた正反対であった。

 まるで幽霊でも見ているかのような様子の京香。ノスタルジックに浸っているかのように微笑む誰か。

 京香に似た女の凄まじさは、あの黒髪の美少女が敬語を使うことからして、容易に理解できる。

 以前、彼女は語っていた。“自分よりも上と認識する者、敬意を払う価値のある者には礼を尽くす。しかしそうでない者が相手であれば、王として振舞う。我が信条の一つだ”、と。

 それを踏まえれば、あの正体不明の女は京香が自分以上と認識しているか、礼を尽くすだけの価値ある人間だということになる。

 実際、少年の真っ黒な瞳の先にいる女は、度外れたオーラを放っていた。それこそ、黒髪の美少女以上に。

 されど――暗人はおそれない。畏れる必要がない。今大事なのは、口を開いて言葉を発することだ。

 睨むような目つきとなりながら、少年は女を問い質す。

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