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第四章 1


 鳳龍院家当主の死は、屋敷中どころか日本全国に広まった。まだ死して一日と経ってはいないというのに。

 それだけ、彼女は影響力のある人物たったということだろう。

 ともあれ、沙耶の葬儀はすぐに執り行うことに決定。そのため、誕生祭終了後ではあるが、各分家一同及び彼女と親交のあった面々は、屋敷に残ることとなった。

 ちなみに今朝一番、鬼龍院邸には警察がやってきて、一人の少年を逮捕している。

 鷹峯和也。彼は鳳龍院沙耶殺害の“犯人”として、連行された。そう、容疑者ではなく犯人と断定されての逮捕劇である。

 その際、京香は和也に告げた。

「貴様の容疑はすぐに晴らしてやる。しばし臭い飯でも食って待っておれ」

 その言葉に彼は笑みを返し、暗澹とした顔の少年に目を向け、言葉を放る。

「信じてるぜ、お前達のこと」

 それに対し、暗人は何も言わなかった。何も思わなかった。

 ざまぁみろ、とも。愉快だな、とも。何も。何も感じない。

 あるのは諦念。もはや敗北は確定。現実を受け入れる意外になし。

 全てが崩れ去ったことで、少年の心はがらんどうになっていた。

 で、そんな少年と少女だが、和也が逮捕された後、屋敷から去る姿が確認されている。

 屋敷にいた者達は“ほぼ”全員、二人は帰宅したのだろうとしか思わなかった。だがただ一人、まるで違う意見を抱いた者がいたのだが――

 

 なんにしてもこの現状、“彼”にとっては予定通りの展開であった。

 

 現在、時刻は午後九時一五分。沙耶殺害から約一日が経過。外界は既に夜の闇に支配され、黒一色に染まっている。

 だだっ広い土地にでんと建てられた巨大な邸宅の中。客用の一室にて。二人の男が、酒を片手に語り合っていた。

 一人は獅龍院鉄斎。もう一人は、虎龍院大我。

 ベッドに腰掛ける大我と、椅子に座る鉄斎。両者の手に握られたグラス。その中にある氷が、音を鳴らす。

「なんで……なんでこんなことになってまったんやろうなぁ……」

 赤らんだ顔をした鉄斎の口から、ため息のように言葉が漏れ出た。

 黙して耳を傾ける大我。大柄な獅龍院家当主の声が、継続して室内に溶ける。

「お前も知っとるやろ? ワシの噂。お前にやから言うけど……あれなぁ、全部本当の事なんや。ワシはあくどいことをなんでもやってきた。自分の立身出世のためなら、なんでもやる。そういうつもりで生きてきたんや。ワシゃあ自分のためやったら誰でも切り捨てることができると、今までそう思ってきた。……やけども、そうやなかったらしい。こんな時に言う事やないんやけどな、ワシ、沙耶のことを煩わしく感じとったんや。それこそ、始末したいと思うぐらいにな。そうでもせんと、ワシは鬼龍院の座に座れへんもん」

「……だが、そんなことはできなかった。そうだろう?」

「あぁ。実のところ、チャンスはあったんや。殺すってことはできんでも、失脚させるようなタイミングは一回だけあった」

「でも、しなかった」

「そうや。その時な、ワシゃこう思った。あいつはワシの行動を読んどるんと違うんか、と。もしも今あいつを潰そうとしたなら、逆に潰されるんやないか、と。実際、沙耶は恐ろしい女や。ワシ以上にあくどいし、冷徹やし――優秀や。そんなあいつにこの程度の策が通じるわけがない。それをワシの第六感が教えたから、ワシはあいつを潰すチャンスを見送った。……そう、思っとったんやけどな」

「彼女の死によって、それが違うことに気づいた、と?」

 こくりと首肯する鉄斎。

「ワシな、沙耶の死体を見た時、泣きそうになってもうたんや。そんでもって、“沙耶を殺したクソガキに憎しみを感じたんや”……。おかしいやろ? 殺そうとしとった相手が死んだんやから、嬉しいと思うのが当たり前やのに。……でな、ワシ、気づいたんや。自分が、存外甘い人間やったってことに。ワシは――」

「沙耶のことを商売敵やライバルとしてではなく、未だ友人として扱っていた。そう言いたいんだろう? 別におかしなことじゃないさ。ぼくだってそうだもの。ぼくだって、彼女のことを友達だと思ってたよ。でも――」

 大我の口が、邪な笑みに歪む。

 誰にも見せたことのない顔で、彼は愉快げに言葉を紡いだ。

「それとこれとは話が別だ。非常に心が痛むけれど、仕方がないんだよ。だって、ぼくは父さんの意志を受け継いだ人間なんだから。ぼくは鬼龍院になり、頂点の座に座らなきゃいけない。そう、それはぼくでなきゃいけないんだ。君でも、沙耶でも、伊綱でも、恭弥でもない。ましてや――大和であってはならない。ぼくだ。このぼくがならなきゃいけないんだ。鬼龍院の当主になるのは、虎龍院大我なんだよ」

「お……まえ……何……言って……」

 フラフラと上体を揺らし、次いで、倒れこむ鉄斎。

 床にぶつかって衝突音を発生させた巨体を見下ろしながら、大我は口の角度をより一層鋭角化させる。

「ようやく薬が効いてきたようだね。やれやれ、でかい図体してる奴は皆こうなのかな? 長いこと会話するのが苦痛でしょうがなかったよ。これから殺す相手と話すことなんて何もないっていうのにさ。しかしまぁ、君は運がいいよ鉄斎。今まで死んだ連中と違って、なんの恐怖も感じることなく死ねるんだから」

 それは実質的殺害宣言であった。

 そして大我はゆっくりと立ち上がると、ポケットの中から一本の瓶を取り出した。中には赤黒い液体が入っている。

 それは、マジックアイテムの素。“あの女”の、血液。

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