第三章 12
「こいつは我々とは違う。高貴な生まれでもなければ、これから高貴な者になるような輩でもない。凡骨そのものよ」
「えっ? で、でも、貴女を相手に全く物怖じしてないじゃない。私ですら、まだちょっとだけビビってるのに」
「くはは。正直者は好きだぞ、沙耶? まぁそれはさて置き、この暗人が私に恐れを抱かんのは、単純な理屈だ。貴様等よりも遥か上の胆力を持っておるのだよ、この男はな。死ぬべき時に平然と命を捨てられる。そんな狂人なのさ、こいつは。だからこそ、この凡骨は凡骨の分際で私を恐ることをしない。そして、だからこそ――私はこのしょうもない凡俗を手放す気になれんのだ」
京香の言葉に、暗人は目を丸くした。
この毒舌少女がここまで好意的なことを言うのは、非常に珍しいことだ。
「明日は槍でも降るのかな」
「何か勘違いをしているようだから一応言っておくぞ、雑種。さっきのは別に褒め言葉ではない。むしろ罵倒だと思え」
「何それツンデレ? 君にそんなんされても全然萌えやしないんだけど」
微笑する暗人と、眉をひそめる京香。
二人の様子に、大我がおそらく場内全員が疑問視しているであろう事柄を代弁した。
「あの……お二人はどのような関係なのです?」
その質問に、京香は一瞬不快感を見せたが、すぐに悪巧みしたような笑みを浮かべ、こう答えた。
「うむ、そうさなぁ……こいつは、私の伴侶となる男だ。将来的には四六時中行動を共にすることになるだろう」
「……はぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
狂言としか思えぬ台詞に、暗人は怒気を示した。
その他の面々は顔に驚愕を貼り付け、口々に言う。
「あ、あの、冗談、ですよね? 京香サマ?」
「冗談であるものか。こいつは我が人生の伴侶としてこれ以上ない適格者だ。さりとて才覚という点で言えば話にならんゆえ子種は不要。このような低級に過ぎる雑種の血を逢魔に混ぜることなど絶対にありえん」
「こっちだって願い下げだわ! 君との子供とか想像もしたくない!」
「し、しかしそうは言っても、この淀川君がいずれ逢魔に婿入りするというのは確実なのでしょう? ということはつまり、彼も逢魔一族の一員になるということでは……?」
「そこらへんはどうだっていい。こいつが今の姓を捨てるというなら、逢魔を名乗っても構わん。一応、その資格ぐらいはあるからな」
「淀川の姓名は捨てないから! そもそも婿入りするつもりもなければ、伴侶になる気もねぇよッ! っていうか聞けや人の話!」
「逢魔を名乗る資格有り、ということは、この子も相当な力の持ち主、ということでっか?」
「まぁ、そうさな。“ある意味”では肯定できる。人間としての資質という意味でなら平均以下もいいところだが」
「人として色んな所が狂ってる君に言われたかねぇよ!」
「ははは、驚いたぜ。まっさか逢魔さんと淀川が付き合ってるなんてな。今度ダブルデートでもしねぇか?」
「しねぇよ! つーか付き合ってねぇよ! ブチ殺すぞ馬面野郎ッ!」
怒りを大爆発させる暗人。それによって生まれたエネルギーが、彼の顔面と人格を崩壊させった。
乱れる髪が天を突き、目は白目を剥き、顔全体の血管が浮き上がり、口がへの字に折れ曲がる。
それに伴って場内で様々な怪現象が発生し、来客達がパニックに陥ったが、ブチ切れ状態の暗人は京香のこと以外何も考えられなかった。
「てめぇなんのつもりだ!? 嫌がらせか!? 嫌がらせ以外ねぇよなぁ! 周囲に僕との交際を宣言することで僕と彼女の距離を離すとか、そういうつもりで言ったんだろ!? もう丸分かりなんだよ、そのドス黒い腹ん中はよぉぉぉぉぉ! このど腐れサディストがッ!」
「おいおい、嫌がらせなわけがないだろう? 私は本気だぞ? 本気で貴様を伴侶にしようと考えている。そう、貴様はこれから一生私を楽しませるための玩具として生きるのだ。それができるのは貴様以外におらん。死ぬまで使い潰してやるゆえ、ありがたく思え」
「ぜってぇお断りだわ、くそったれええええええええええええええええええええええ!」
絶叫する少年。高らかに笑う少女。それらを見て唖然とする周囲の面々。
望まぬ形で、歪な歯車は一時のみ世界の中心へと昇格したのであった。
夜は、平和に更けていく――
◆◇◆
黒髪の美少女による予想外の言動によって、暗人は思考能力を根こそぎ奪われてしまった。
そんな有様で落ち着いた考察などできるわけもなく、結局、誕生祭の最中に現状の打開策を閃くことができなかった。
そして現在。時刻は午後一〇時三〇分。暗人は和也と共に、鬼龍院邸の一室にいる。
遠方からの来客などは、希望すれば屋敷内の客用部屋に宿泊が可能とのこと。パーティー中に殺人が起きなかったのであれば、次に起こりうるタイミングは夜中であろう。であれば、ここを離れるわけにも行かない。
ゆえに、暗人は宿泊を選択。当然の如く京香も同じ選択をし、和也もまた、なんのこっちゃようわからんといった顔をしながら両者と同じことをした。




