第三章 11
――鳳龍院沙耶。現在三十路前。二五の若さで当主になった天才。その手腕は女帝のあだ名通りのもの。普通に考えれば、魔術なんてものに頼る必要なんかない。自分の力で道を切り開いていけるような人間だ。でも、ただ一つ、この人が魔術師と組んで犯行を行おうとする動機がある。それは、鬼龍院さんだ。この人は鬼龍院さんのことを溺愛してる。最終的に自分は鬼龍院香澄の下につき、彼女を頂点に押し上げたいと公言してるぐらいだからよっぽどだろうね。……で、その愛情が犯行に走らせた、と考えることが可能なんだよな。鬼龍院家は下克上を実践している家。鬼龍院さんが当主になった場合、もしかすると他の当主に追い抜かれる可能性がある。何せ、今まで殺害された当主達は不世出の天才だなんて言われてた連中だし。鬼龍院さんの将来のため有力な敵を消しておきたいと考えても、無理はない、と思う。
次いで、鉄斎に視線を移す。
――獅龍院鉄斎。プロレスラーみたいな外見だけど、実際はかなりの頭脳派。しかも、温和な顔と喋り方に反してその性格は腹黒。間接的な殺人だとか、拉致監禁だとか、黒い噂が絶えない。その言動からして野心と上昇志向が強く、自分のためなら身内すら切り捨てるだろうと評される人物。……実物を前にしてわかった。こいつに関する噂は全部真実だ。反吐が出そうな強者の匂いを全身から出してる。こういう人間は必要であれば殺人も辞さない。自分が鬼龍院の座に座るため、邪魔者を魔術で殺して回っている、と、そう考えても違和感がまるでない。……でも、逆になさすぎるんだよな。違和感が。まるで犯人と思わせるために、真犯人がミスリード役としてここまで生かしているような、そんな作為の匂いがする。……個人的にはこいつが犯人というのは勘弁してほしいな。逃がすっていう選択肢が消えちゃうから。
最後に、少年はその濁った瞳の中に大我の姿を入れた。
――虎龍院大我。弟であり前当主虎龍院大和が死亡したため、当主の座に収まった男。幼少期から、沙耶、鉄斎とは大和を交えて友好的な関係を結んでいて、今でもその絆は保たれている、ように見える。でも、実際どうなんだろうね? 僕はこの人が本当に沙耶と鉄斎を友人とみなしているのか甚だ疑問だよ。だってこの人、よくいる“天才に打ちのめされ続けた人間”だし。この人の弟、大和は、沙耶、鉄斎と並んで一族の間では三羽烏だなんて呼ばれてたらしい。それぐらいの天才だったってわけだ。それに反して、大我自体は比較的平々凡々。完全な秀才タイプで、誰よりも努力を怠らない人間だったとか。でも、結果としてその努力は全く実らなかった。……表面上、自分の立場、弟のサポート役に満足しているような態度を見せていたようだけど、果たしてそれが真実なのかどうか。こういう人間が魔術を使えるようになったなら……今回みたいな事件が起きてもなんらおかしくない。
一通り三人の容疑者に関する考察を終えると、暗人は静かに息を吐いた。
わからない。誰が犯人なのか、ちっともわからない。
どの人物がインスタント、もしくは魔術師であったとしても、等しく納得できてしまう。
――まさかとは思うけど、こいつら全員グルで、三人とも犯人でしたってパターンじゃないだろうな。……いや、それはないか。もしそうだったなら、京香がとっくに動いてる。この子が三人を始末していないってことは、犯人は一人って可能性が高い。……でも、僕には犯人を断定する材料がまだ足りないんだよな……次の殺人までに、それを見つけないと……。
焦燥感が募る。さりとて、どう足掻いても望むものが手に入らない。
悩ましげに首を捻る暗人。その様子に、京香は笑いを噛み殺しながら口を開いた。
「くくっ。例えばだ。一と一を合わせたなら二だと断言する男がいたとする。しかし高名な数学者がその男に対しこう言うのだ。“いや、それは間違っている。その式の答えは三だ”、とな。男は心を乱した。一と一を合わせたなら答えは二に決まっている。しかし相手は数学で飯を食う人間。自分が間違っているのではないか、と、そう思うようになった。実際は男の思っている通り一足す一は二だというのにな。学者は男をからかうために嘘をついただけだった。貴様もその男と同じだよ、暗人。心を揺さぶるのが非常に容易だ。お前のその無様な姿はいつ見ても面白い」
「……人を悩ませて楽しむなんて、君は本当にいい性格してるよね」
「当然だ。私以上に完璧な人間性を持つ者などこの世にはおらん」
「罪を犯したことがない者だけこの者に石を投げよってキリストに言われたなら、真っ先にキリスト向けてバズーカぶっぱなすような性格が人間の究極形かー。だったらもう人類ってどいつもこいつも蛮族以下になっちゃうねー」
馬鹿にするような態度で返す暗人。
それと共に、沙耶、鉄斎、大我の三名が会話を終えた。そして、その興味が濁りきった瞳を持つ少年へと移る。
「ところで、貴方のお名前は?」
いきなりを話を振られて、暗人はビクリと震えた。他者からこのようなことを言われたのはいつ以来だろうか。しかも相手は三十路前とはいえ、異性。ついでに言うと容疑者だが、異性。
少年は照れたように頬を染めながら応答した。
「え、えっと、僕は淀川暗人っていいます」
「淀川? ……ワシの記憶には入っとらん名やなぁ」
「失礼な話だけど、ぼくも、だね。一応、有力者の名前は知己であってもなくても全員覚えてるんだけど」
「私も知らないわねぇ。……かといって、そこにいる香澄をたぶらかしたクソ野郎みたいに、一般人ってわけじゃないんでしょう? 逢魔家の当主サマ相手に友達感覚の接し方ができるんだもの。きっとかなりの名家の生まれなのよね?」
「い、いや、その……」
なんとなしに答えにくい空気である。
三人からしてみれば、暗人は不審極まりない人物であろう。彼等程の人間に覚えられていない家名。にもかかわらず、京香相手に堂々とし過ぎている振る舞い方。それは凡俗では絶対にありえぬことゆえ、三人は三人とも、困惑しているというわけだ。
この少年は何者なのか。その疑念に対し、本人に代わって京香が回答を出した。




