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第三章 8

「ふむ、暗人よ。貴様、今のうちにこの場の料理を思う存分食らっておいたほうが良いぞ? 今後続くしみったれた人生の中でこれだけの贅沢品を貪る機会など二度とないだろうからな」

「はいはい。で、この程度の料理は残飯以下扱いであろう京香サマは、僕にどの料理をお勧めしてくれるのかな?」

「例えば、この世のものとは思えぬほど美しい衣類を取り揃えた店があるとする。そこに一人の醜女が来て、こう言った。私に合う服はあるか、と。もしも私が店員であったならこう答えるだろう。申し訳ないが、うちはボロ布を扱う店ではない、他の店をあたってくれ、と。貴様への答えもそれと似たようなものだ。この場に豚の餌でもあればそれを勧めるのだが、残念ながら貴様の身の丈に合うようなものはどこにもない。よって、目に映るものをみっともなく貪り食らえ。その滑稽な姿は、ここにいる三下共にとってちょうどいい催し物になるだろうよ」

「ははは、こやつめ。熱々のスープぶっかけるぞ、こん畜生」

 二人のやり取りを見て、場内の強者達はさらにざわついた。

「あ、あの少年、何者なんだ?」

「京香様にあのような態度を取れる人間が、この国にいるのか?」

「どこの財閥の人間だ? あのような顔は見たことがないが……」

 騒ぐのみで、京香に話しかけようとする者は一人足りとていない。

 全員、その程度の胆力なのだ。皆一様に、絶対強者たる彼女を恐れている。ここで彼女に顔を売って己の利益にしようとする打算よりも、自分の不手際によって彼女に目をつけられるかもしれないという恐怖が上回っている状態だ。

 そのような態度は、逆に京香を不愉快にさせるだけだというのに。

「ふん、腰抜け共が。どいつもこいつも下らん連中ばかりだ。少しは気骨のある者がいるかと期待した私が馬鹿だった」

「そりゃ無茶な話でしょ。大概の人は君に対してビビるのが当たり前なんだし。なんせ君、日本を裏で牛耳る財閥のボス(笑)だもんね。ま、同じ強者同士仲良くやったら?」

「断固拒否する。このような連中を相手にするぐらいなら、貴様と床を共にする方が万倍マシだ」

「ふぅん、僕は君と寝るぐらいならラフレシアを抱いて寝たほうが万倍マシだと思うけどね。とりあえず、さっき君が言った通り料理でも楽しむとするよ。ついでになんか取ってきてあげようか、お嬢様?」

「無用な気遣いなどせずにさっさと行け。豚のように意地汚く食い散らかして来い」

 その言葉に従って、暗人は京香から離れて、料理を乗せたテーブルへと歩を進める。

 その最中、後ろからついてくる和也が、困ったように言った。

「俺、なんだか影が薄くなってるような気がする」

「ははっ、ざまぁ」

 

   ◆◇◆

 

 大広間に到着してから早一〇分。過ぎ去った時間中は、ずっと平和だった。

 その間、暗人は和也と共に料理を楽しんだ。さすが、各界の著名人が口に運ぶことを想定して作っているだけのことはある。恋敵の顔を見ての食事であっても、その味は陰ることがない。

 タッパーでも持ってこればよかったかと、暗人は後悔する。

 ――母さんにも食べさせてあげたいな。食費も一食分減るし。……後で京香に頼んで入れ物を召喚してもらおう。魔術ってこういう時に便利だよね。

 貧乏臭いことを考えながら、少年は皿の上の料理を口に運んだ。

 そして口内のモノを彼が咀嚼している途中。場内のざわめきを、一人の声が切り裂いた。

「皆様、ご注目ください!」

 腹に響く重低音。それを放った者は、大広間に設えられた壇上にいた。

 威厳ある佇まい。整った髭が、存在感をより一層強めている。

 一目でわかった。あれが香澄の父にして、鬼龍院家当主、鬼龍院劉煌であると。

「おぉ、劉煌様だ」

「変わらずご壮健で、羨ましい限り」

 彼を称える声が、静かに響き続ける。

 大広間内部にうじゃうじゃいる強者達。皆それぞれ成功者であるが、そんな連中であっても、劉煌は天上人なのだろう。

 さりとて、京香を相手にしてもマイペースを貫く暗人からしてみれば、無駄に濃ゆい顔のおっさんにしか見えない。

 ――あぁダメだな。こんな失礼なこと思っちゃいけないよね。将来お父さんと呼ぶことになるかもしれない人なんだから。

 香澄の父となれば、自分の父も同然である。

 劉煌の顔を見たことで、早いとこ和也のクソボケを地獄に落として思い人を手に入れねば、とモチベーションを再燃させる少年。

 そのような存在など歯牙にもかけることなく、鬼龍院家当主は会場内に声を響かせた。

「皆様、お忙しい中ご足労いただき、誠にありがとうございます。我が娘、香澄も本日無事誕生日を迎え――」

 以下略。劉煌の話は無駄に長かった。まるで全校集会時の校長である。それでも、場内の連中は教祖の演説を聞く信者のような態度を崩さなかった。香澄の父は人徳のある人間なのだな、と暗人は思う。

 で、そのような徳の高い人間から、人間性という点においておおよそ褒めるべきところが一つもない女へとバトンが渡される。

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