第三章 6
本日も、逢魔京香は世界の支配者の如く威風堂々とした佇まいを崩さない。
彼女は切れ長の瞳で少年二人、否、まるで害虫でも見るかの様な顔となっている暗人を見やりながら、口を開く。
「例えばだ。獅子の群れの中に一匹だけウサギがいたとしよう。そいつを見てどう思う? 凡人であればこうだろう。そのウサギはもしかすると凄いのかもしれない。そんな感想になる。だが、私は違うな。全く凄いとは思わん。食われる側が食う側に入り混じるなど、景観を損ねるだけで甚だ不愉快なだけだ。その存在価値をゼロとし、即刻排除したくなる。さりとて、そのウサギが獅子の皮を被って馴染もうとしていたなら? 身の丈に合わんために見苦しさを一〇〇倍増しにしている様を見れば、何周か回って笑えてくる。そんな道化も存在していて良いのではないかと思えてくる。今の私はそんな気分だよ、この長耳野郎」
長々とした罵声。ここ数日京香は学校に来ていないため、暗人とはその間会っていない。ゆえに、なんだか久方ぶりである。
とはいえ、なんの心地よさも感じないけれど。
「……君は相変わらず偉そうだね。無駄にオーラ垂れ流すのやめたら? 周りの人達がビビりまくってパーティーどころじゃなくなるよ?」
「ふん、この程度の気迫に物怖じするような小物など、さっさと財界から消えれば良いのだ。貴様の隣で固まっている平均面と一緒にな」
言われて、少年は和也の様子を伺う。
カチコチに石化していた。きっと京香の威圧感に当てられたのだろう。それも無理からぬことだ。今の彼女が放つ圧力は、学園内でのそれと比べ数倍以上。そんな京香に緊張も恐怖も感じないのは、狂人的な精神力を持つ暗人ぐらいだ。
――いや、まだ何人かいたな。
そのうちの一人である少女の姿を見て、少年はそう思った。
京香の傍にぴったりとくっついている、メイド姿の金髪美少女。その蒼い瞳が、恨めしげにこちらを見つめている。
「……えーっと、君、虎御門さんだっけ? 僕の顔に何かついてる?」
「申し訳ございません。あまりにも珍しい、奇妙なお顔であったので、つい長々と視線を向けてしまいました。貴方様の汚らしいご尊顔は本日もお変わりありませんね、糞虫様」
「君も相変わらず口が悪いね。何? 京香の侍女って皆そうなの? 京香ウィルスに感染して皆口が悪くなるの?」
「京香様を病原菌の根源の如く表現するのはおやめください。ブチ殺して犬の餌にしますよ?それとも生きたまま獣の腹の中へ入れて差し上げましょうか?」
「わー、ちょーこわーい。とらみかどちゃんちょーこわーい」
「……斬り刻むぞ、糞虫」
金髪のメイドの蒼い瞳に、凶暴さを宿る。瞬きする間に、彼女の両手が一本の短剣を握っていた。
彼女は暗器使いだ。それも京香が自分以上と認めるほどの。戦闘能力は非魔術師でありながら、中堅魔術師一〇人分。
その殺気を受ければ、凡人なら失禁してもおかしくない。が、暗人は舌を出して挑発するのみで、気圧された感など微塵もなかった。
「その面、ズタズタにしてあげます。そうすればもっと見栄えが良くなりますよ」
一層強い殺気を放つ玲奈。しかし、それを肉体が体現することはなかった。
金髪メイドの肩に、京香が手を置く。
「それはまた今度にしろ。今回の一件が片付いたら思う存分遊ぶがいい。それと、屋敷の中には私だけで入る。貴様は外で待機だ。いつでも動けるようにしておけ」
「……は」
黒髪の美少女の言葉に、あっさりと引き下がる玲奈。さりとて、暗人へ向けた殺気はこれっぽっちも緩んでいない。
やれやれといった調子で肩をすくめる暗人。そんな彼に、京香がつかつかと近寄る。
そして、彼女は少年のすぐ隣まで来ると、彼の腹を軽く小突き、耳元で囁いた。
「先刻の借り、いずれ必ず返してやるから覚えておけ。コマのようにぐるぐる回るのは楽しいものだぞ?」
「はぁ? 何を言って…………あ、さっきスピンした後続の車両、もしかして君のだったの?そりゃ運が悪かったね。でも、それで僕を恨むのはお門違いじゃないか。僕は何もしてないんだから。でも一応これだけは言っとくよ。ざま――」
その台詞を最後まで言わせる京香ではなかった。強烈なボディブローが、鍛え抜かれた暗人の腹筋を貫く。その衝撃たるや、受けたのが彼でなければ内臓破裂を起こすレベルであった。
「ふん、この疫病神めが。さっさと中に入るぞ、そっちの石ころ野郎共々ついてこい」
「あがががが……か、勝手なこと言いやがって、理不尽大魔王めぇぇぇぇぇ……」
悶絶する暗人を無視して、スタスタと屋敷内部へ入っていく黒髪の美少女。
苦しむ少年の背後から、金髪メイドが半笑いで声を送る。
「ぷっ、ざまぁ」
「ぎぎぎ……ちぐそう……!」
自分が言うはずだった台詞を投げつけられて、暗人は歯ぎしりするのであった。
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