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第三章 5

 誕生祭当日。時間は午後七時丁度。

 闇色に染まった世界を、車両のライトが明るく照らす。

 直線的な二つの光で闇を切り裂きながら進む、一台の車。その後部座席には、暗人と和也の姿がある。

 両者共に正装姿。真っ黒なスーツに身を包んだ二人は、どちらも一般人丸出しといった風情だが、なぜだか和也には言い知れぬ雰囲気があった。

 ――きっと主人公特有のオーラってやつなんだろうな。あー、ムカつく。僕と同じぐらい地味な顔つきのくせに……。

 恋敵への不快感を心中で吐き出すと、暗人はチラと窓の外を見やった。

 市街地。しかし、普通なら存在するはずの住宅やらなんやらといったものがなく、ひたすら整備された道と土地だけが広がっている。

 それもそのはず、ここら一帯は鬼龍院の所有地なのだから。

 ――さすが金持ち、スケールが違うなぁ。こうして高そうな服を無料でくれたり、高級車で迎えに来たり……ケチ臭さが何一つないんだもんなぁ。人生の勝ち組って奴だね、妬ましい。鬼龍院さんの親族じゃなきゃ、遠慮なく呪ってやるのに。

 リア充も主人公も金持ちも嫌いな少年にとって、この眺めと車内の居心地は最悪だった。

 金持ちが行う“私金持ってますよ”アピールを見せつけられ、隣には恋敵が座る。この状況で気分がいいはずもない。

 ちなみに道中、電灯が割れたり電柱が折れたり露出魔と見られる男性がすっ転んで石に股間を強打したり黒猫とカラスの大群同士が喧嘩したりと色々な珍事が続発したが、この街ではごく普通に起きることなので特に気にしなかった。

 ――そんなことより、落ち着かないなぁ。今日を緊急の休養日にしてトレーニングをしてないから、っていうのもあるけど……それ以上に、これから行くのが鬼龍院さんの家ってことが、緊張感を生むんだよねぇ……。

 そわそわする暗人。その様子に気づいたのか、和也が声をかけてきた。

「どうした、淀川? なんかあったのか?」

「……別に」

「あ、もしかして、緊張してんのか? わかるわかる。俺も最初はそんな感じだったからなぁ。慣れたのは確か……三回目から、だっけか」

「ふぅぅぅん……君は鬼龍院さんの家に何回も遊びに行ってるのかぁ……へぇぇぇ……そりゃそうだよねぇ、君達付き合ってるって“噂”なんだもの。家に行くぐらい普通だよねぇ……」

「ははは、よせよ、恥ずかしい」

 照れたように頭を掻く和也。その顔を、暗人はもはや見ることができなかった。

 もしも二秒以上直視していたなら、殴ってしまうから。

 ――このゲロカス野郎……! 犯人特定して接触できたら、逃がす前にこいつを殺してもらおう……! こいつだけは、こいつだけは生かしておけねぇ……!

 強く決意を固める少年。その濁った瞳に昏い殺意の灯火が宿る。それと同時に後続の車両がスピンした。パンクでもしたのか、はたまた故障か。どちらにせよ被害は微々たるものであるようなので、少年二人を乗せた車は速度を落とすことなく進み続ける。

 そして、とうとう屋敷の庭へと車両は入った。

 無駄にでかい門を抜け、大理石と思しき素材で作られた道路を進む車。庭の景観は、いかにも金持ちですと言わんばかりのもの。芝生に覆われた地面、大きな池、理路整然と配置された樹木。庭師が最低一〇人で作り上げたかのような立派かつ豪勢に過ぎる空間を眺めつつ、暗人は思う。

 ――ここに大量の爆弾仕掛けて一気に起爆したら楽しいだろうなぁ。

 思い人の家という肩書きがなければ、帰り際に唾でも吐いてやりたい。

 強い妬みを感じる少年をよそに、車はどんどん進んでいき――屋敷の前へと到着した。

 停止する車両。運転手に降りるよう促されて、二人は大人しくそれに従った。

「こりゃすごい……」

 鬼龍院の巨大な屋敷を前にして、暗人は思わずそう漏らした。

 なんというか、縦にも横にも無駄にでかい。さすがに宮殿とまではいかないが、それでも一般人が住まう家屋に比べ、そのサイズは目算して二〇倍以上。

 ――こんなに大きな家、なんの意味があるんだろう。どうせ家族はせいぜい四人前後だろうに。金持ちの考えることは理解不能だなぁ。

 不意に、あの口が悪い魔術師の顔が脳裏をよぎった。

 ――そういえば、あの子も洒落にならないぐらい金持ちだっけ。……しまった。こんなこと考えてると……。

 最悪の展開を想像して、冷や汗を流す。

 少年がつっ立っている間に、新たな車両が屋敷前へとやって来た。

 真っ黒なリムジン。政府要人でも乗っていそうな、頑強且つ大型の外観。

 少年二人の近くに止まったそれから、搭乗者が降りてくる。

 その姿は、まさにこの世に舞い降りた女神だった。

 外界と同じく闇色の髪。しかし、その光沢は周囲が漆黒に染まった世界であっても、彼女の存在を強く主張している。どころか、普通なら闇に覆われ埋没するはずなのに、彼女の髪はむしろ、その輝きで世界を支配しているように感じる。

 美しいのは髪だけではなく、顔立ちも服装も、であった。

 透明感のある真っ白な肌、シャープな顔の輪郭、桃色の唇に、摩訶不思議な真紅の瞳。

 モデルが血涙を流して悔しがるような完璧すぎる肉体を包むのは、髪色と同じく真っ黒な着物。その柄は華美でありながらもおどろおどろしく、見る者の心を惑わせるような、そんな不可思議なものだった。

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