第三章 4
――親戚が、犯人……だったら、沙耶姉も、容疑者に……いや、そんなことない。あるわけないんだ。
己の中で発生した猜疑心を否定して、栗髪の少女は二人に別れを告げる。
その後、自部屋へと入り、制服の上着を脱いでベッドにダイブ。心地のいい柔らかい感触に、香澄は息を唸らせる。
と、その次の瞬間、室内にノックの音。次いで、聞き慣れた声。
「香澄ー? 今帰ったんだってー? 入っていいー?」
「……はーい、どうぞー」
了承の意を伝えると同時にドアが開く。相変わらずこの人は反応が早い。
彼女はベッドに腰を下ろすと、早速口を開く。
「おかえり、香澄。今日の学校生活はどうだった?」
「ん、特に変わったようなことはなかったかな」
またか。香澄は内心でそう思った。この二日間、沙耶は同じことを聞いてくる。
まず最初に学校での出来事を聞き、それを前置きにして――
「じゃあさ、事件の方はどう? なんか進展あった?」
必ず、こう尋ねてくるのだ。
なぜ、こんなことを問うのか。まるで、こちらの動向を気にしているかのようではないか。
現段階において、そんなものに興味を持つのは一体どんな人物だろう。
それは、一種類しかいない。
――そんなこと、ありえないよ。
自身に言い聞かせて、栗髪の少女はいつも通りの受け答えをする。
「うーん、ちょっとずつ進んでる感じ、かな」
「そっか。まぁ、無理はしないように!」
「うん、わかってるよ沙耶姉」
「……ところでさ、香澄が一般人二人の参加を当主サマに頼んだのって、事件の調査に何か関係あるの?」
沙耶の目に鋭さが帯びた、ような気がする。反射的に、香澄は肯定の意を返す。
「う、うん。だから、カズ君と淀川君の二人を参加させて欲しいって頼んでるんだけどね」
「淀川って子はなんとかなりそうだけど、和也の方は難しい、と。まぁ、しょうがないんじゃない? 殺人事件の容疑者なんだしさ、懐の深い当主サマでもさすがに難色を示すよ」
「……カズ君は、人殺しなんかしてないのに」
「そうね。貴女がそう言うのなら、きっとそうなんでしょう。私は貴女を信じるわ。自分よりも世間よりも、貴女を信じる。だから、今度は私も協力してあげよう。今夜、一緒に頼みにいこ?」
「沙耶姉……」
礼を述べながら、栗髪の少女は己の愚かさを恥じた。
この人が、犯人であるわけがない。人殺しであるわけがない。こんなにも優しく、頼れる姉のような人を、わずかでも疑っていたなんて。
「ごめんね、沙耶姉」
「いいの、いいの。香澄のためなら私なんでもしちゃう! 当主サマに直談判ぐらい余裕よ!だからね香澄、気にしちゃダメよ? そんな暗い顔しなくていいから。もし私に感謝してるなら、明るく笑いなさい。それだけで、私はどんなことでもできるんだから」
「うん……ありがとう」
言われた通り、香澄は満面に笑みを浮かべた。
それを見た沙耶が、だらしのないニヤけ面となる。いつもならその直後に抱きついてくるのだが――今回は、そのセオリーが破られた。
「……ごめん、香澄。ちょっと急用を思い出したわ。まぁ、全然大したもんじゃないんだけどね。すぐに片付けて戻ってくるから」
「えっ? う、うん、わかった」
困惑気味に返事をする香澄を尻目に、沙耶は急ぎ足で部屋をあとにした。
妙な動きではあるが、別段怪しさは感じない。彼女は一応、鳳龍院家の当主なのだから、用事の一つや二つはあるだろう。
誕生祭参加のために長めの休暇を取っているとはいえ、秘書や部下とのミーティングなど、会社にいなくても行える仕事は彼女を含め、この家に集まっている親戚一同全員がやっていることだ。
ゆえに、彼女の行動にはなんら不自然な点などありはしない。
そう思い込んで、香澄はベッドに倒れ込んだ。
――全部、気のせいに決まってるよ。
嫌なことから目を背けるように、瞼を閉じる。
彼女には知る由もない。
沙耶との穏やかな時間が、これにて最後であることなど。
◆◇◆
気づかれる、ということは想定の範囲内だった。
どれだけカモフラージュしようとも、彼女を騙しおおせるとは最初から思っていない。
さりとて、ここまで早く真相に近づかれるとは。正直、少々驚いている。
十中八九、“奴”は彼女に捕らえられてしまうだろう。だが、それに関しては問題ない。
既に、それを織り込んだプランはできているのだから。
おそらく、彼女は奴を下手人と見なした時点で手を下すだろう。それを防ぐことが、修正プランにおいてもっとも重要な事項となる。
これに関してどうすべきかも、とうに決定済みだ。
自分の存在を彼女に気づかせず、また、生贄の数も追加できる、一石二鳥の妙案。
それを実行すべく、××は幻惑の魔術を解き、“そこ”に姿を現した。
◆◇◆




