第二章 8
「……本当にすげぇよ、お前。なんでそこまで出来るんだ?」
「僕は……僕は自分を救うってことができない。何をやっても報われない。でも、自分は救えなくても、誰かを救うことはできる。僕は“誓い”を果たすことができる。だから、僕は人を助けるんだ」
「誓い? それが理由なのか? それって、どういう意味なんだ?」
ズカズカと無遠慮に、暗人の中へと踏み入ろうとする和也。その不快極まる言葉と同時に、少年はバーから手を離し、着地。
鈍感系主人公特有の、デリカシーに欠ける台詞。それに対して彼が返す答えはただ一つ。
「テメーには教えてやんね――――――――! 糞して寝ろッッッ!」
明確な拒絶のみであった。
「今のはカズ君が悪いよ……」
香澄がジトっとした目で和也を睨む。
「えっ!? お、俺が何したってんだよ!?」
救いようのない主人公気質の馬鹿をスルーして、暗人はトレーニングを続行する。
その心には、和也への不快感などとうに消えていた。
今は、もっと考えるべきことがあるからだ。
――この事件、犯人は一人だけなのかな?
鬼龍院の関係者に魔術師がいて、私利私欲に走った結果、各分家の当主を殺害している。短絡的に考えれば、これが事件の真相であろう。しかしながら、どうにもひっかかる要素が多い。
まずもって、鬼龍院の分家または本家に魔術師がいたという時点で、何かおかしな感じだ。どうにも都合が良すぎるような気がしてならない。
これは単なる勘でしかないが――今回の一件は、複数犯ではなかろうか。
――深読みしすぎかもしれないけど……魔術師が“マジックアイテム”を一般人の犯人に渡して“インスタント魔術師”に仕立て上げ、殺人を行わせているって線もないことはないんじゃないかな。
インスタント魔術師。通称インスタント。その名の通り、即席の魔術師である。
詳細としては、まずマジックアイテムから説明しなければならない。
マジックアイテムとは、“魔術師の肉体の一部”と“生命を持たない物品”を掛け合わせて作る“媒介”である。一番ポピュラーなのは“血液”と何かを組み合わせたもので、例えば布に染み込ませることで、マジックアイテム完成という塩梅だ。
インスタントはそれを媒介にして魔術を行使する。マジックアイテムがあれば、一般人でもちょっとした訓練をするだけで、召喚限定ではあるが、魔術が使用可能になるのだ。
――確か、インスタントが使う魔術の強さを表す公式は“肉体の一部を提供した魔術師の実力×マジックアイテム作成時に消費した肉体の一部の分量”だったっけ。今のところ、インスタントによる殺人と思しき件数は三。普通は人を殺せるような術を使えば、インスタントが魔術師から与えられた肉体の一部は完全に消費しきっちゃうはずなんだけど……提供した魔術師が異常に高レベルだったなら、まだまだ肉体の一部は残ってる可能性はある。もしくは、また新しく提供した、という可能性もあるけど……でも、そこまでして殺人の代理をさせる理由がわからないな。
体を動かしながら悶々と考え込む。心拍数が上昇し始めたからか、明確な答えはいつまで経っても出そうになかった。
とにかく事件の捜査は、犯人が最低二人いるという線で進めることにする。この推理が真実であるという、確信を抱き始めたからだ。
その根拠は、あのハンカチである。事件現場で拾った血液が付着した布切れ。あれはマジックアイテムだったのではなかろうか。
――あれを京香が見つけなくて本当に良かった。もしもあの子が先に発見してたら、今頃事件は終わってるだろうし。……それはさておき、事件の真相が僕の推理通りだったとして、黒幕となる魔術師は一体何が目的なんだろう? インスタントとはなんらかの利害の一致があるはずなんだけど……。
やはり、答えが出てこない。こういう場合、最悪のケースを想定すべきか。そう考えた途端、少年は一瞬運動をやめてしまった。
――黒幕の魔術師のレベルは高位である可能性が高い……現段階で最低三件の殺人……この場合における最悪のケースは……“大召喚”ってことになる……。でも、そんなことありえない。京香が言ってたことが本当なら、大召喚ができる魔術師は今のところ世界中で三人しかいないらしいし、その人達についても教えられたけど、今回の事件に関与してるような人達じゃない。……でも、もし万一、犯人の目的が大召喚だった場合、次の犯行を未然に防げるかも……。
その結論が出たと同時に、暗人はチンニングバーから手を離し、着地。次いで二人の方を向き、提案を口にした。
「二人共、明日は予定入ってる?」
「あたしはないよ」
「俺もねぇな。いつもなら土日は皆で遊ぶんだが、状況が状況だし」
和也の発言にイラっときたが、なんとか堪えて言葉を返す。
「なら、明日は朝から図書館で調べものだ。もしかしたら、次の犯行がいつ、どこで行われて、誰が標的になるかわかるかもしれない」
決定事項を言うが如く二人に告げると、暗人はトレーニングを続行した。
着々とリードを広げる少年。だが、このまま逃げ切らせてくれるほど彼女は温い敵ではない。
二人のゲームは、中盤に入ろうとしていた――
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