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第二章 7

「……ごめん、二人共。僕、これからトレーニングの時間だから。しばらく二人で事件について調べてくれないかな? わからないことがあれば聞いて」

 有無を言わさぬ口調で告げると、暗人は隣の部屋に移動した。

 本来なら、和也と香澄を二人きりになどしたくない。されど、トレーニングの時間がきてしまったのだから、我慢するしかない。

 肉体の鍛錬は、少年にとって欠かせぬものである。この行為が、未来、顔も知らぬ弱者を助ける結果に繋がるのだ。で、あれば、規定された休養日を除を除けば、トレーニングを休むなどということはあってはならない。

 移動先で、暗人はマットに座り込み、ストレッチ運動を開始した。

 彼の肉体は柔軟性が非常に高い。各関節が自在に曲がる。特に、股関節辺りは常人からしてみれば同じ人間かと疑うようなレベルだ。

 これも、日々の努力の賜物。毎日繰り返した柔軟運動により、彼は格闘者として最適な、可動域の広い体を得たのである。

 黙々と運動前の準備を続ける少年。そんな彼に、二人が声をかけてきた。

「うわ、すげぇな。人間ってこんなにぐにゃぐにゃ曲がるもんなのか?」

「あたしの友達にバレエとか新体操とかやってる子がいるけど、その誰よりも柔軟だよ……」

「これぐらい、毎日ストレッチやってれば誰でもなれるんじゃないかな」

 二人の賞賛に、少年はさして興味を示さない。なぜなら、蓄積した努力など、なんの誇りにもならないからだ。

 才ある者は、それをあっさりねじ伏せてくる。戦う相手がそういうタイプであったなら、努力量を精神的な支えとしている者はあまりにも弱い。すぐさま心をへし折られ惨敗を喫する。その結果、助けねばならない弱者共々、強者達の餌食となってしまう。

 救済者に敗北は許されない。暗人はそれを誰よりも理解しているがゆえに、負けに繋がるようなことは一切しないのだ。

 だから、少年は心になんの感情も宿すことなく、準備運動を続ける。

 その最中、思考はトレーニングとは別の方向に向いていた。

 ――二人きりにするのは嫌だと思ってたけど、そうはならなさそうだな。鬼龍院さんも和也も、事件の調査をほったらかしにして僕への興味を満たすための行動を優先してる。よくよく考えれば、それは当たり前。魔術の影響で、一般人は事件の真相に到達できないようになってるんだから。

 二人が自分の部屋で恋人空間を作らなかったことに安堵する。そんなことをされたらダンベルを投げつけてしまったかもしれない。

 そして暗人はストレッチを終え、トレーニングに移った。

 本日は筋力トレーニングメインの日。メニューの始まりは懸垂である。

 チンニングバーにぶら下がると、早速懸垂を開始。素早く、それでいて綺麗なフォームで腕を曲げ、伸ばす。それにより全身が一定のリズムで上下に動く。

 二〇回、三〇回と瞬く間に数が積み重なり、一〇〇を数えた時点で運動を停止。

「す、すげぇ……なんでそんな回数できるんだよ」

「努力してるからだよ。大体、こんなのウォーミングアップですらないんだけど」

「……淀川君、これからどれぐらい運動するの?」

「懸垂だけでも一〇〇回一〇セット、二〇キロ加重して五〇回五セット。それからダンベルとかバーベルを使った種目を色々とやって……大体二時間半ぐらいかな。その後、サンドバッグを打ったり、イメージトレーニングやったり、格闘動作の確認をやったりして……トータル四時間ぐらい。ちなみに一日の運動時間ってことになると朝の走り込みも含めることになるから、毎日六時間はやってることになるね」

 さも当たり前の如く口にした言葉に、二人は絶句した。確かに、常人からしてみれば到底信じられぬ運動量。さりとて、暗人からしてみれば“ごく普通”の日課でしかない。

 二人と少年の間には、高く分厚い意識の壁があった。

「……ん、一分過ぎたか。二セット目やらなきゃ」

「と、時計見てないのになんでわかるんだ?」

 暗人はバーにぶら下がりつつ答えた。

「体内時計が教えてくれるんだよ。一分っていう時間の感覚を完全に覚え込ませてるんだ。後、ボクシングもやってたから三分の感覚も覚えてる。誤差は二、三秒ぐらいだから結構正確だと思う」

 言いながら、軽々と肉体を上下させる。その姿に、香澄は己の疑問を紡ぎ出した。

「なんで、そんなにも頑張るの? 喧嘩に強くなりたいから?」

「……違うよ、鬼龍院さん。僕は強くなりたいんじゃない。虐げられてる弱者を助けるためには、力が必要なんだ。僕だって、最初は言葉で解決しようとした。でも、それはなんの意味もなかったよ。結果、僕はタコ殴りにされて……助けようとした人を助けられなかった。あの時の惨めさは今でも忘れらない。その時、僕は悟ったんだ。弱者を攻撃する連中には、もう暴力を以てしか止められないんだって。だから、僕は強くなる必要があった。……僕はね、強くなりたいんじゃない。強くならなきゃいけないんだ」

「そう、だったんだ……」

 申し訳なさそうに返す香澄。その反応になんだか暗人まで心が痛む。

 一方、和也は感動したような口ぶりで言葉を放ってきた。

「俺、暗人のことをおっかない不良だと思ってたんだけど、全然違うのな」

「……僕がやってることは、どんな理由であれ暴力の行使だからね。傍から見れば、喧嘩を繰り返す問題児に映るだろうよ。で、君みたいにあらぬ誤解をする連中が出て来るってわけだ。そう言う奴等の中で一番鬱陶しいのは警察かな。あいつら僕のことをクズ扱いするんだもの。僕はただ人を助けてるだけなのに」

「まぁでもさ、あんまり危ないことはしないほうがいいと思うぜ? 人助けもいいけどよ、補導され続けたらさすがに将来に響くんじゃねぇの?」

「それでも構わない。将来がどうなろうとどうでもいいよ。目の前で困ってる人を助けずに見て見ぬふりするぐらいなら、人生棒に振ったほうがマシだ。だから僕は今後も人助けをやめない。それが罪になるというのなら真っ向から歯向かう。虐げられてる人を助けることが、悪であるわけがない。僕は弱者を救う。そのために生きて、そのために死ぬ」

 ただしリア充及び主人公(男)は除く。特に和也、テメーは地獄に堕ちろ。

 その真意を知らぬ無個性な少年は、感嘆したかのように息を吐いた。

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