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プロローグ二 1

 神凪市。県内でも第二位の面積を誇るこの市の特徴は、なんといっても都会的な色が強いことであろう。

 関東とは言っても都内に比べれば田舎の風情が強い県内において、ここは新宿だとか池袋だとかに対抗できる唯一の土地である。

 特に、駅を中心に形成された繁華街など、ともすれば都会以上かもしれない。神凪駅から少し離れた場所にある商店街もまた、かなりのものだ。横幅の広い往来は勿論のこと、それを挟むようにして立ち並ぶ店舗にも、うんざりするぐらいの活気に満ちている。

 さりとて、いつもこういう感じというわけではない。確かに、この商店街は連日繁盛しているわけだが、それでも今日ほど客足が多いかというと、そうでもなかったりする。

 では、なぜ本日は平常時以上の人間で溢れているのか。

 それを説明するには、ただ一言で足りる。しかし、ここはあえて長々とした説明を行うことにしよう。今日という日は、それだけ罪深い一日なのだから。

 まず、季節は冬である。具体的に言えば一二月。頃合としては、もう少しで年越しかー、などと言い合うような時期。

 天候は曇りだが、誰も家にこもろうとしない。むしろ積極的に出ようとする。なにせ雪でも降ろうものならドラマチックだからだ。

 街を埋め尽くすのは、一組の男女。腕を組んだり手を繋いだり、羞恥心のない者なら堂々と口を合わせたりする。そういった唾棄すべき光景がどこにでもある日。

 クリスマス・イヴ。世間は本日をそう呼ぶ。

 クリスマスといえば、キリスト教の行事である。イエス・キリストの誕生日に家族で祈りを捧げるという神聖な日だ。

 されど日本では違う。

 率直に言えば、日本におけるクリスマスなど、腐れバカップル共が性交のための言い訳に使う日でしかない。

 キリスト教圏内の国家に住まう者達が神に祈りを捧げている頃、この世でもっとも唾棄すべき者達カップルは、神にケツを向けて腰を振っているというわけだ。

 そんなもん誰が許すか。

 慈悲深い神ならば、そういった人間の醜さもひっくるめて愛してくれるのだろう。しかしながら、例え神がバカップル共の発情とファックを許しても、“彼”は許す気など毛頭サラサラない。

「あぁ、今年も来ちゃったなぁ。一年で一番大嫌いな日が。どいつもこいつも幸せそうにバカ面引っさげやがって腹立たしい。僕なんか年がら年中ドス暗い顔してるっていうのに」

 道の隅っこで行き交う糞(リア充)共を睨めつけながら、彼、淀川暗人よどがわくらと一六歳は、忌々しげに吐き捨てた。

 ついでに唾でもぶちまけてやろうかと思ったが、さすがにそれをやると通報されそうなのでやめる。

 それだけ、彼の外見は警戒されやすい。

 体格だとか顔立ち自体は没個性的である。身長は一七〇にギリギリ届くかどうか程度で、やややせ型のように見える。容姿は童顔で凶悪犯のような恐ろしさはない。

 けれども、ただ一点。モブキャラのように見える彼に備わった唯一の特徴が、他者から警戒される要因となっているのだ。

 それは、目である。混沌を凝縮したかのように昏く、闇よりもなお黒い。そんな瞳の下に、これ以上なく酷いクマとくれば、人が彼に対しあらぬ誤解を抱いても無理はないだろう。

 さて、それはともかくとして。少年淀川暗人がこの日、なぜ商店街などにいるのか。それは別にリア充共の群れを眺めて観察日誌を付けるためでもなければ、生態調査をやって論文を作るためでもない。

 鉄槌である。神聖な日に愛液を撒き散らす豚共に、裁きの雷を落とすためである。

「準備にかなり手こずったけど、今はそれをやって良かったと心から思えるよ。素晴らしい光景が見られそうだ。あぁ、実に楽しみ。ここにいるカス共のボケ面が糞塗れになる瞬間がなぁ……!」

 思わずグフフと笑い、近くにある大きなクリスマスツリーを見やる暗人。

 美しくデコレーションされたそれは、人々に今日がどのような日かを教えてくれる。カップル達にとっては堂々とセックスしていいよと告げるシンボルのような存在であろう。

 それが奴等の昂揚した気分をドン底にまで突き落とすのだから、笑うなという方が無理な話だ。

 彼のリア充仕置計画は、シンプルにして醜悪である。

 まずクリスマスツリーのオーナメント(飾り)内部に仕掛けた爆弾を起爆。とはいえ、それによる人的被害は皆無だ。さすがに殺人紛いのことはしない。できればしてしまいたいが。ともあれ、暗人の狙いは爆発による二次災害である。爆弾が破裂した瞬間、埋め込んだ大量の糞が周囲に散らばるよう、仕掛けてあるのだ。

 糞の種類は牛馬から人に至るまで多種多様。飛散する範囲は一直線に伸びる商店街のおおよそ三分の二。爆心地にいた者達など、きっと全身が糞に塗れて地獄を味わうであろう。

 その時に奴等が見せる醜態を想像しただけで、またもやグフフと笑いが漏れる。

「この時のためにツリー制作のバイトから設置のバイトまで全部こなしたんだよなぁ。本当、長い時間がかかったよ。今までの計画の中で一番壮大だと思う。だからこそ、今回は絶対に成功させないと……」

 ポケットの中に隠してある起爆装置を触りながら、少年は不安げに呟いた。

 彼がリア充の一時を邪魔しようとしたのは、なにも今回が初めてというわけではない。これでクリスマス企画は三回目である。

 されど、なぜだか毎回のように失敗するのだ。それはまるで神が定めた運命の如く、彼の思惑は見事に外れてしまう。

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