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第二章 3

 神凪市の一画。広大な土地の上に、逢魔家の屋敷はある。

 その外観は純和風。外界と内部を隔てる門。そこを通れば、時代を逆行したと錯覚するような光景が広がっている。地面には石が敷き詰められ、柳の木が並び、大きな池には鯉が泳ぐ。時たまししおどしのカコン、という音が鳴り響き、和の風情を一層強める。

 そんな日本式豪邸と言える屋敷内。部屋数は極めて多く、住まう人々も結構な数である。

 しかし――それは、先代の頃より逢魔家に仕えている者達や、彼女が侍らせる価値ありと見なした侍女達がほとんど。

 支配者たる逢魔は、ただ一人しかいなかった。

 さて、屋敷内の一室。物置や書庫といった場所を除けば、屋敷の中でも一番広い空間。

 畳のかすかな匂いと香の香りが混ざり合って漂うその場所に、京香は一人の侍女と共にいた。

「んっ……もう少し、奥まで入れてもいいぞ」

「これぐらいでしょうか、京香様」

「んぅ……あぁ、完璧だ。貴様の技術はやはり素晴らしいものだな、玲奈」

「お褒めに預かり光栄至極にございます」

 京香の口から滅多に出ない賛辞を静かに受け取ると、虎御門玲奈とらみかどれなは“彼女の穴の中”に入れた“己の棒”を動かす。

 肩まで伸びた黄金色の髪が僅かに揺れ、蒼い瞳が細められる。華奢で小柄な体躯。まるで人工物であるかのような、幼く繊細な美貌。それらに反して、棒の扱いは大胆かつ力強い。

「くっ……んん……はぁ……」

 京香の桃色の唇から、甘い吐息が漏れる。普段は鋭い真紅の瞳も今はとろんとしていて力がない。真っ白な頬も、快楽からか紅潮していた。

 しゅるり、しゅるり。

 京香が着こなしている漆黒の着物が、衣擦れの音を鳴らす。喘ぎと衣が生む音が、室内を艶やかに染め上げる。

 しばらくして、玲奈は棒を抜き出し――“先端に溜まった垢”を、ちり紙に落とす。

「京香様、左は終わりましたので、頭の位置を変えてくださいまし」

「む、もう終わってしまったのか。やれやれ、快感とは時間を忘れさせるな。まぁいい、まだもう片方があるのだ。右の方はじっくりと楽しませてくれよ」

「は、了解いたしました」

 返事を聞くと、京香は少しだけ上体を起こし、反対方向を向く。それから頭を彼女の柔らかい膝に乗せた。

「では、右を始めます」

 言葉と共に、耳の中へ棒が入ってくる。

 ――やはり、この一時は至福だな。

 はふぅ、と吐息を漏らす京香。

 念入りに手入れさせた見事な庭を眺め、膨大な数の香から厳選した香りを嗅ぎ、お気に入りの侍女の太腿その柔らかさを頭で感じながらの“耳かき”は、この世のあらゆる悦楽に勝るものだ。

 少なくとも、黒髪の美少女にとってはこれ以上は中々ない。あるとしたら、かの少年が苦しみ悶える様を見ることぐらいか。

 ――アレを最初に見た時、私は半信半疑だった。このような凡愚にしか見えぬ者が、何よりも待ち望んだ存在であるなどと、信じることができなかった。しかし、今なら確信を持って言える。彼奴は私の退屈を満たしてくれる人間であると。望めばほぼ全てが実現される。そんな私の人生に現れた、愛しい愛しい“障害”……。

 彼のしみったれた顔が、脳裏をよぎる。

 と、玲奈の手が止まった。

「どうした?」

「……京香様、また、クソム……淀川様のことをお考えになっていましたね?」

「あぁ、すまんな。妬かせてしまったか。悪かった、もう考えん」

「……こうしている間ぐらいは、わたしのことだけ考えていてくださいまし」

「ふふふ。愛いやつめ。貴様、なぜ男に生まれなかった。さすれば子を孕んでやるものを」

「お戯れを」

 冷静に返す玲奈だが、その手は震えていた。京香には見ずともわかる。金髪の少女の顔は今、真っ赤であると。

 その様を想像するとおかしくて仕方がなかった。ゆえに、からかい半分の言葉を続けてさらに赤くさせてやろうなどと思ってしまう。

「戯れであるものか。貴様は私が侍らせている女の中でも上位に入っておる。それは私と交わるに相応しい人間ということだ」

「も、もったいなき、お言葉」

「あぁ、本当に残念だ。貴様が男であれば、もしくは、私が男であればな。いや、私が男であったならと願うのはよそう。もし万一それが叶ってしまったなら、私は貴様の睡眠時間を根こそぎ奪い尽くしてしまうだろう。貴様は美しい。この私であっても、その美をケダモノのように貪ってしまうほどにな」

「……女同士であっても愛でる方法はございます。今夜あたりにでもお慈悲を」

「くくく。気が向けばな」

「お待ちしております」

 本当に愛いやつだ。そう思いながら、黒髪の美少女は目を瞑った。

 本日、学校をサボったのは単純に気分の問題である。よって、事件調査などは一切していない。さらに言えば、これから数日間、事件についてほとんど考えるつもりもない。

 これはハンデである。あの淀川暗人は中々優秀ではあるが、所詮は秀才。対等な条件で勝負すれば、度外れた天才たる京香に敵うわけもない。

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