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第一章 10

 さて、そんな逢魔京香本人はというと、周りを軽く見回し、小さく息を吐いた。

「ふぅむ、あの駄犬をけしかけてきた魔術師は、もうとっくにここら一帯から離脱したようだな。逃げ足が速いのか、はたまた身体強化が使えるのか。後者であれば、相手方の格を青二才グリーンボーイから選別者プロヴィデンスに変更することになるが」

 青二才グリーンボーイは平均的な魔術師に与えられる格。選別者プロヴィデンスは基本外の理をある程度使用可能な者に与えられる格である。

「どちらにしても、犯人は僕等の動向をチェックしてたってことだね。……ん? じゃあアレってなんだったんだろう? 京香のこと知ってるなら、あんな……」

 途中で、暗人は慌てて口を噤んだ。

「アレとは何かなぁ? 暗人くぅん?」

 意地の悪そうな笑みを浮かべながら問う京香。それに対し、少年は冷や汗を流しながら返事をする。

「き、君の質問の意図がわからないな。僕は変なことなんて何一つ言ってないよ」

「私は貴様がさっき言った、アレとやらについて聞いておるのだ。はっきりと口にしたよなぁ、じゃあアレってなんだったんだろう、と。そのアレとはなんなのかなぁ? くぅぅぅらぁぁぁとぉぉぉくぅぅぅぅぅん?」

「そ、それは……その……こ、今夜の夕食について……」

「なぜ貴様の夕食に関する思考がさも私に関係するかのような文面で吐き出されるのだ。まったく、貴様という奴は嘘をつくのが絶望的に下手だな。この歩く嘘報告機めが」

「ぼ、僕には隠し事なんか何もないよ! 僕の目を見れば、僕のことが清廉潔白な人間だってことがわかるはずさ!」

「……私には最低のカス野郎または人生の負け犬特有の目しか見えんのだが」

「……うん、正直今のは僕も無理があると思った」

 少しの沈黙の後、京香は肩をすくめ口を開く。

「やれやれ。まぁ良い。貴様の好きにするがいいわ。その方が私としても楽しめる」

 そして、黒髪の少女は挑発的な笑みとなりながら、言葉を紡いだ。

「例えばだ。自分の邪魔をしようと、必死こいて足掻く糞虫がいたとしよう。貴様ならどうする? 私ならば、喜んでそいつの思い通りにさせてやろうと思う。好き勝手に画策し、暗躍するがいい。最終的に、その行動が全て無駄だったと思い知らせ、徹底的に心をへし折り、これ以上ない敗北感を味わわせてやる。絶望しきった負け犬の顔は、どれだけ見ても飽きん。ゆえに――今回の一件、私と貴様、別々に動こうではないか。先にどちらが犯人に辿り着くか、勝負というわけだ。私が先に捕らえれば、そいつを始末し、事件は解決。世界改変はなかったことになる。貴様が先に捕らえれば、もしかすると私に初の敗北を与え、さらには思い人を得ることも可能かもしれん。ただし、私よりも先に犯人を知ることができればの話だが」

「……できるさ。君の顔に泥どころか糞をぶつけてやる」

「くはははは。この私にそのような啖呵を切ったのは貴様が初めてだ。とことん楽しませてくれるな。しかし暗人よ、貴様のその無駄な自信は、ポケットの中にあるそれによるものか?」

「――っ!?」

「ふふん、図星か。そんなものだけで勝利宣言とは片腹痛い。それはあえて貴様にくれてやろう。ハンデだ」

 言って、暗人に背中を向ける京香。

「精々足掻くがいい。私は貴様の思惑を徹底的に叩き潰し、必ずや、あの二人の仲をさらに進展させてやる。さすれば――愛しい愛しい貴様の泣きっ面が見れるからなぁ」

 怖気がするような声音で宣言すると、彼女はその場から離れていった。

 その後ろ姿を見ながら、少年は息を吐く。

「あぁ、そうだった。あの子は、こういう人間だったな」

 かの黒髪の美少女は魔術師絡みの事件を自ら解決することに関して、“それが逢魔家当主の役割だからだ”などと話しているが、それは真意ではあるまい。

 逢魔家は日本における魔術師の統括組織の長である。周囲を固める人間は大半が魔術師、またはそれに対抗しうる人間ばかり。

 ゆえに、わざわざ京香本人が事件を追う必要などない。人材不足というわけでもないし、そもそも魔術師達は逢魔家を恐れているため、罪を犯す者自体が極端に少ないのだ。

 それらをふまえると、彼女は望んで首を突っ込みまくっているということになる。

 それはなぜか?

 暗人はこう考えている。彼女は常に退屈を感じており、その心を満たしたいがために、事件を暇つぶしとして利用しているのでは、と。

 なんとなしに、それだけではない、という感はある。彼女にもなんらかの事情があるのだろう、と、そう思わせるような素振りは幾度となく見た。さりとて、現段階ではこう判断するしかない。

 京香は、事件を楽しんでいる。

 彼女にとって、人が死んだことも、同胞が罪を犯したことも、調査の末に下手人たる同胞を抹殺することも、何もかもが興味の埒外。逢魔京香は事件をゲーム感覚で見ていて、淀川暗人は敵プレイヤーという扱い。

 犯人の動機、被害者の心情、死者の苦痛。そういった普通の人間なら誰しもが慮るであろう要素を、彼女は一切合切脳内から弾き出し、ただひたすら自分が楽しむためだけに動く。

 京香もまた、暗人と同じかそれ以上に、歪な人間なのだ。

「まぁ、あの子の人間性が狂ってることは最初に話した時からわかってたことだし。今更気にしてもしょうがないよね。今はとにかく、あの子に追いつかれないようリードを広げることを考えないと」

 呟きつつ、暗人も自宅までの道を歩みだす。

 

 かくして、歪な歯車と最強の魔術師による一戦の火蓋が、切って落とされたのであった。

 

 

 

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