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第一章 5

「さて、話を続けよう。そのレインコート姿の人間が、今回の下手人たる魔術師であろう。そいつの特徴は?」

「それについてはなにも答えられねぇ……。全身すっぽりとコートで覆われてて、男なのか女なのかも判別できなかったし、背も結構遠くだったからどれぐらいなのかわかんねぇ。落ち着いてりゃ、雰囲気とかで性別はわかるんだが……」

「その時の貴様は脳内でポップコーンでも爆ぜているかのような動転ぶりだったゆえ、さっぱりわからない、と、そんなところか」

「……すまねぇ」

「気にするな。ハナから当てにはしておらんわ。ともあれ、今回の件は我々がしかと解決してやろう。貴様等はその間、イチャつくなり子でも作るなりして待っているがいい」

「さらっととんでもないこと促さないで。マジで張り倒すよ?」

 ここに至り、やっと会話に参加した暗人。その目はまん丸に見開かれ、京香への憤慨を表していた。

 と、ここで、黙っていた香澄が涙声で言葉を紡ぐ。

「良かった……あたし、自分がカズ君のこと信じてないとばかり思ってて……でも、全部魔術師のせいなんだね……」

 安堵したような様子を見せる彼女に、京香は静かに頷く。

「うむ。全ては魔術師が行った術によるものだ。というかな、貴様はかなり凄まじい精神力の持ち主だぞ? 通常、魔術による世界改変が起きた場合、無条件でその改変を受け入れるものだ。それに対抗しようとするような心を持つ者などそうそういない。貴様はよほど恋人を好いているのだな」

「そ、そりゃあ……大好きなカズ君だもの……」

「よ、よせよ、人前で……」

 顔を赤くするカップルに、京香は興味なさげに口をへの字に曲げた。その一方で暗人は――

 ――僕の前で鬼龍院さんとイチャつくとか……いい度胸してんじゃねぇか、この腐れハーレム野郎……! 今のうちにその幸福を楽しんどけよ。この件が終わる頃にゃ、てめぇはケツの心配しなきゃいけねぇようになるんだからなああああああああ……!

 目をこれ以上なく見開き、白目部分を真っ赤に充血させ、歯噛みする。理科室辺りでちょっとした悲鳴が上がったが、どうでもいい。

 で、二人は照れ隠しのつもりなのか、別の話題を切り出した。

「と、とにかく! 俺と香澄はお前の言うことを信じるぜ! で、でもよ、信じるとは言っても、やっぱり実際にこの目で見てみねぇと……」

「完全に信用するってことは難しいね。それに世界改変がどうとかっていうのも意味がわからないし」

「最初に言った通り、信じるも信じないも貴様等の勝手だ。わざわざ説明してやる気はない。知りたければ、そら、このプルプル震えているマヌケ面の畜生以下に聞くがいい。こいつには私が直々に、大事なことだからもう一度言うぞ、この! 私が! じ・き・じ・き・に! 魔術についての知識を与えてやったのだ」

 暗人を指差す京香。その途端、二人の顔に緊張が走った。

「い、いや、それはその……」

 あからさまに避けるような態度を取る和也。それにイラッと来た暗人は、刺々しく言葉を放った。

「あぁそうだよね、僕のような不良には何も聞きたくないよね。僕だって君に何か教えるなんて死んでもごめんだよ」

「いや、そういうわけじゃ……」

「そういうわけじゃないなら、なんだっていうのさ? 君も大多数の馬鹿野郎共と同じだ。僕の表面ばかり見て中身なんか見ようともしない。やってることが悪いことだと決め付けて、ありもしない噂を受け入れて、その結果僕のことを喧嘩ばかりしてる怖い奴だと決め付ける。僕がなんでそういうことをしてるのか、まるで知りもしないくせに」

「えっと……」

 完全にビビっている和也。それも無理からぬことだ。暗人に凄まれたなら、この学園どころかここら一帯の学生全員がこうなる。

 それだけ、淀川暗人の名は知れているのだ。無論悪い方向へ。

 誰かを救う。誰かを守る。そのために必要なのは、言論ではなく力である。少年は数多くの虐げられている弱者を助けてきた。しかしそれは同時に、弱者に牙を向ける強者を暴力で排除してきたということでもある。

 世間は暗人の切実な思いを見ようとはしない。知ろうともしない。彼はただ、誰かを助けたかっただけなのに。その結果、致し方なく暴力を振るっただけなのに。

 人々は少年の暴行のみに着目し、彼を救済者ではなく、乱暴者として認識する。そうして付けられたあだ名が“狂犬”、“鳳雛の恥”、“全殺しの暗人”といった不名誉なもの。

「僕の口から聞きたくないっていうのなら諦めるんだね」

 ぷいっとそっぽを向いて、そうぶつける。

 そんな彼に、和也は何も言い返してこない。代わりに、京香が愉快気に言葉を投げてきた。

「くははははは。そんな風に拗ねる辺り、貴様はガキだな。一七にもなって恥ずかしいと思わんのか?」

「うるさいな。相手が相手なんだから仕方ないだろ」

「ほう、ならば鬼龍院香澄であれば許すと?」

「わざわざ聞くことかな? それは」

「ふむ。だそうだぞ、鬼龍院よ。試しにこの道化野郎に魔術について尋ねてみるがいい」

「えっ? じゃ、じゃあ、その……魔術について、ちょっとだけでもいいから教えてくれませんか?」

 思い人の願いに、少年は怒り顔を満面の笑みに豹変させ、照れたように頭を掻きながら応答した。

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