独り言
人であり、文化圏で生まれた以上、言語の習得から逃げるわけにはいかない。でも、どうして生まれ育った地以外の言葉まで勉強を強要されねばならないのだろう。
「そりゃ亮君、日本語がメジャーじゃないからだよ。英語圏で生まれ育ったならこんなにも外国語に対する劣等感を持つ必要はなかっただろうね。どこだって通じる言語なんだから。でも最近日本語も割と元気がいいよ。ジャパニメーションは世界でも人気だからね! そうだ! 君にDVDを貸そうじゃないか! 何も考えずにいるには知りえないものに手をつっこんで純粋経験を得るのが一番だぜ!」
「純粋経験ってなんだ?」
「意味わかんないほど面白くって、ポカーンとしちゃうことさ!」
友人のバカで博識な変態、三浦に聞いてみると、以上のような答えが返ってきた。少なくともお前の見ているアニメの、二言目には「抱いて」とか言いそうなヒロインたちを見ていれば、少しは頭が休まりそうだが、知的偏差値が底辺を突き破ってしまいそうだ。
っていうか今までお前に借りた五本のうち、二本がお茶の間に流せないものだったぞ。
「人は生まれを選ぶことができないが、何に生きるかを選ぶことができる……。実存は本質に先立つ……。人間の存在は自ら定義するものであって、他人によるものではないと思うんだ」
生産的に話がしたかったから、話題を無理やり本筋に戻した。
「お、前回借りていった本のうちのサルトルだね! その言葉で僕は二次元に生きることを決意したのさ!」
と今度も残念な返し。
「お前はアニメから離れられないのか?」
「二次元=アニメとは狭い価値観だね。マンガ、アニメ、ゲーム、イラスト、小説、その他もろもろが二次元に属する。三次元の世界と二次元の世界は限りなく密接にリンクしているよ。二次元を制したものが世界を制すいるのだぜ!」
「お前は具志堅要高かよ」
「だれだよそれ」
元ネタぐらい知っとけ。
「でもさぁ~。そんな風に言語の勉強がどうとかぐちゃぐちゃ言う前に勉強したほうがよくね? 案ずるより産むが易しっていうしさあ。それとも君は哲学の道をゆこうとしているのかい?」
「いいや、そんな陰気な裏道をゆく生き方はしない」
「なんだ、つまらん。哲学はいいぞ~。意味のないことに延々と悩んでいられるからね」
それっていいことなのか? 十七歳の人間はもっとやるべきことがあると思うんだけど。
「そろそろ帰ろう。学校は好きだけど、人がいない放課後は魅力が半減してしまうよ」
「何を言う。人のいない放課後に夕日を眺めつつ、一日に思いを馳せることの味わい深さがあるじゃないか」
「それは文学の考えであって哲学の得意分野ではないね。そして哲学の好きな僕にとってあんまり魅力のないことだな」
「放課後女子高生と教室に二人っきりなんて状況は?」
「好き! って言うか愛してる! それなんてエロゲ?」
なんでこんなのが友人なのかと不思議になるくらい、残念な食いつき顔だった。