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Mission.1 コンストラクション



 時間が流れるのは早く、あっという間に正式稼働の日がやってきた。


 祐一郎としても準備に余念がなかったが、日中は普通に仕事をこなしている。基本的に仕事を予定通りこなした上で、後顧の憂いなく遊ぶのが彼のスタイルである。

 空いた時簡には集めた情報を眺め、構想を練る。公式は当然として、大手の攻略サイトあたりは信頼性が高いのだが、小規模な所や匿名掲示板などは真偽の程も定かではない情報に満ち溢れている。βテストが短期間であったため、テスター有志による解析部隊も初期部分しか推定できていないのだ。




「リストアップ終了・・・・・・と。」


 タッチパネルから手を離し、祐一郎は椅子に背中を預けた。趣味のためだけにそこそこ金をかけたワークステーションであり、無駄にゲーム関係の情報が詰まっている。今行っていたのは、集められた情報を分類する作業だ。大まかなところは自動で分類できるソフトで行っているが、曖昧な内容も多く、その辺は自分で判断しなければならない。


「ううむ……。」


 画面を見ながら、その信頼性の低い内容にため息を付く。極論すれば、公式情報以外は信用すべきでは無いためだ。β版での確定情報は当然あるものの、開発側が正式版では大きく修正すると明言しているので当てにならない。それに、正式稼働に伴い使用可能になったシステムや、追加された多数のデータで混沌としている。



 ちなみにキャラクターの作成自体はゲームが開始されてから行うが、アバターは事前に作成して持ち込むことが出来る。専用アバター作成ソフトが公式からダウンロード出来るようになっていて、提示されている5つの種族データを使用して作成する。種族は獣性種ビースト緑性種プラント鉱性種ミネラル水性種ホエール電性種オペレイターとなっている。

 能力的な面は当然として、それぞれ容姿においても特徴的なパーツを選択出来るようになっている。正確には、各種族においてアバターの幅が制限されているというべきだが。


 公式情報によれば、各種族とも初期能力は同一であり、成長時に種族固有のアビリティやスキルを取得することで差別化される。つまり最初は見た目だけなのだ。

 それぞれ外見的に髪や目の色の区別があり、順番に黄・茶、緑・黄、黒・灰、黒・青、銀などが代表的な色になる。とりわけ外見にこだわるVR系ゲームには珍しく、アバターの制限が多いのは制作側のこだわりか。一応初期からスキンヘッドも選択可能だ。

 また、設定としてプレイヤーキャラクターは全員が、ADAを操縦するためにサイバネティック手術を受けている。これにより、電脳クリスタルという物を頭部に埋め込まれている。これが情報処理を行う事で、複雑なADAの操縦を思考操作で補助するという設定だ。追加で様々なオプションもあるが、それは後の話である。



「まあなんというか、それぞれ趣味の違う連中が集まりそうではあるよな。・・・・・・ううん、初期でモヒカンは選べないのか・・・・・・。」


 淹れたてのほうじ茶をすすりながら、アバターを制作していく。

 やや大柄で容姿はそこそこ、スキンヘッドだが髭を生やす。一応祐一郎自身の計測データを元にしているが、容姿は多少似ている程度まで修正している。改変せずにアバターを作ってリアルの情報が流出した話など枚挙に暇がなく、それなりに修正するのは常識となっている。

 敢えて特徴の無いことが特徴という感じのアバターを作り、派手にしたくなかったため鉱性種を選択して種族特徴を反映させる。


「ふむ、これは中々。」


 鉱性種の肉体的特徴は、金属(鉱物)との融合という物で、身体の各所に石や結晶のような物が付く。場所はランダムだが、反映はやり直しが出来るので、納得のいく姿になるまで修正できる。

 祐一郎としては見た目重視のプレイヤーが少ないかと考えて選んだ鉱性種だが、こうして確認してみるとこれはこれで人気がでそうだと考える。特に結晶体が額や胸元、手の甲などに上手い具合に付けば、実にアニメっぽくて好まれるだろう。


 問題は、「綺麗な結晶体が」「ピンポイントな位置に付いて」「他に邪魔な石などが付かない」確率は相当低いことぐらいだろうか。


「延々リトライを繰り返す連中の姿が目に浮かぶようだ・・・・・・。」


 彼はそこまでのこだわりは無いこともないが、そこまでして設定するのも面倒だと考えている。昔はこだわりも強かったが、執着する時期はとうに過ぎているのだ。アバターの回転している画面を見れば、蛇紋岩のような色合いの鉱石がアバターの右肩と左腕に集中して付いている。一つ頷いて決定を押し、アバターの作成が終了した。




 正式サービス開始である午後1時まで後1時間。


 慌てず騒がず、念入りに部屋の戸締まりをしてアパートを出る。駐輪場から自転車を引き出し、行きつけのVR筐体を置いてある店に向かう。筐体を貸し出す店は色々あるが、ここは純粋に筐体を置いてあるだけの場所だ。この店のゴールド会員である祐一郎は、優先的に筐体を予約できる権利を持っており、今回も1月前から既に予約済みである。


 会員入口より店に入り、直通通路を通って会員用の個別ブースに向かう。手早く用を足した後専用ルームに入った。


 荷物から服を取り出し、着替ようとして……一旦手が止まる。


「少しきつくなったか・・・・・・?」


 運動量が減ったせいか、ぴっちりしたVRウェアに対し腹回りが少し窮屈に感じる。別に普通の服でも接続するのに支障は無いのだが、長時間筐体に籠もる場合には、VRウェアを着ると身体への負担が減るため推奨されている。値段は様々だが、彼が今着ている物は5万程度の品だ。体温や心拍数等のバイタルデータを常時計測する機能が付いており、あらかじめ筐体と繋げておけば異常時には自動で切断が行われる。


 食生活の見直しを考えつつ、アバターデータの入った端末とキーを筐体に接続し、パスワード、声紋、網膜認証を行った。


『認証終了、ヨウコソ、笹谷祐一郎サマ。』


 機械的な音声が響き、システムが起動する。同時に身体を横たえている部分がゆっくりと変形していき、一番楽な体勢になるよう調整される。上から顔を覆うようにカバーが降りてくるのを確認し、祐一郎は目を閉じた。




 祐一郎が目を開くと、おおよそ8畳程度の面積の小部屋だった。ここはネットワーク上の個人スペースで、ゲームの開始時刻まで待機する時などに使用されている。通常は企業の広告が入っているだけのスペースだが、彼の場合は会員特典でカスタマイズがされていて、展望室のようなスペースになっている。

 ここの設備としてソファーとテーブル、観葉植物がいくつか壁際に置かれている。展望室の機能として、壁と天井の一部が宇宙を写しだしているが、これにはリアルタイムで衛星から来た映像が使われていると言われている。


「後10分か。」


 呟いて椅子に腰を下ろす。

 空中に浮かんでいる半透明の操作パネルに手を伸ばし、念のためにメールをチェックする。部屋を出る前にもチェックをしたはずだが、当然の様に新着が100件近く入っている。


「こいつら・・・・・・まあいいか。」


 メールを送ってきている友人たちに苦笑しながら、1件あたり3秒で目を通していく。そのほとんどが同じように今回参加するゲーム仲間からの挨拶だ。特に親しい者達からは、ゲーム内での名前や合い言葉等が書き込まれている。


 読んでいる内に1分前のアラームが鳴った。


 すぐに周囲に浮かんでいた表示パネルを全て閉じ、起動済みの『荒野の興亡』のみを残す。それを眺めながらわくわくする鼓動をなだめていると、開始30秒前の時点で、タイトル画面が自動的にムービーに切り替わった。


――カタパルトから射出される人型兵器。

――対空砲火の中、航空機から次々と降下する大部隊。

――鍔迫り合いで火花を散らす刃と機体の中心を巨大な杭に打ち抜かれて爆散する光景。

――解体され、修理を受ける機体達。


そこで画面が切り替わり、金色に輝くコインが回転しながら積み重なっていき、『Money is Power』という文章を形作る。

 最後にタイトルが再び表示されたところで、ゲームスタートだ。




 時は遙か未来、地球より広がった人類が銀河に繁栄を迎え・・・・・・滅んだ後

 地球人類の系譜を継ぐ5つの種族が産声を上げ、覇権をかけて競い合う

 人類の遺産を求め競う彼らに、宇宙より災いが降りかかる

 内憂外患、その戦いの果てに待つのは滅びか栄光か・・・・・・




 周囲が薄暗くなり、キャラクター作成パネルが展開される。

 作成方法はβ版から変更はなく、最初に与えられるクリエイションポイント(CP)と言う物を消費して作成する。なお、初心者用としてサンプルキャラクターという物も用意されているが、使うプレイヤーがどれだけいるかは不明である。作成時間は決まっており、それを過ぎてしまうと自動でサンプルが選ばれるようになっている。


 種族は既に決まっているため、決定するのはクラス、アビリティ、スキルの3種類だ。何もない状態での能力は一律であり、公平なスタートとなっている。キャラクター自体にレベルは無く、アビリティとスキルに個別でレベルが設定されている。

 まずはクラスだが、これはキャラクターの役割を表している。作成時に取得できるのは傭兵マーセナリー狩人ハンター整備士メカニック商人マーチャントの4種類だ。順番に戦闘力→経済力に秀でている。


「ぽちっとな。」


 特に悩むこともなく、祐一郎は狩人を選択する。開始後にもクラス変更は可能だと明言されているため、合わなければ変えればいいからだ。クラス自体にレベルが無いことも大きな要因である。


「問題はここからだ・・・・・・。」


 取得可能なアビリティ・スキル一覧が必要CP別に表示される。ここでキャラクターの性能が決まると言ってもいい。アビリティは常時もしくは誘発型の受動的能力の総称であり、スキルは能動的に発動する技能の総称である。結局両方まとめて、「技能」と通常は呼ばれている。

 なお、CPは100P与えられているが、単に使い切ればいいという物ではなく、作成終了時の残CPが初期所持金に変換される仕様になっている。β版開始時において、この初期所持金に泣かされたプレイヤーは数知れない。


 まず一覧をスクロールして数を確認すると、終わりの方に予備知識に無い項目があるのに目を留めた。


「マイナスアビリティだと・・・・・・なるほど。」


 そこに表示されていたのは、負の必要CPが表示されたアビリティ群である。名称からして、明らかに行動にペナルティがかかるような物ばかりだ。古典的なゲームに多いシステムだが、これらのアビリティを作成時に取得することで、相対的に使用可能CPが増加させることができる。<脆弱:G>などはADAに乗る場合致命的だと考えられるため、それなりにCPが得られるようになっている。ちなみにマイナススキルは無い。


 初期取得可能分だけで、既にβ版時に判明していた数を上回っていた。ちらりと作成時間を確認すると、残り15分程度である。


「これは楽しくなってきたな。」


 祐一郎は笑みを浮かべながら、手早く詳細を流し読み適当な能力と技能をリストアップしていく。

 肉体性能を上げるステータスUPアビリティをほどほど。

 操縦系統の技能と、関連する能力は必須。ここは多めにCPを割り振る。

 戦闘関係は最低限を押さえる。種別毎に技能が細分化されているため、手を出せばきりがない。ドリル関係の技能が無かったため搭載兵器から打撃系のアビリティを取得。一応携帯武器からも1つ取得。後は浪漫で格闘。

 調査系統を充実させる。情報は力なり。


 事前に構想していた部分に割り振りを終えた後、余裕を持った所持金にする分のCPを確保する。微妙なCPが残ったので、分類や効果が曖昧なためとりあえず除外していたアビリティ群からいくつか取得することにする。具体的な数字の無い、いわゆるフレーバーテキストのみで解説されているアビリティは全体の2割を占め、その全てが正式版からの追加である。

 彼にしてみれば、これは間違いなく開発側からの挑戦である。テキストから効果を類推し、既存の能力と被らないか補助する物だとあたりをつけている。


 ラスト1分で割り振りを終了し、決定を押す。すると、一拍間を置いて機械的な音声が響いた。


『それではキャラクターが決定しましたので、データインストールを開始します。』


 取得する内容が表示されたパネルが弾け、0と1で構成された光る帯となり祐一郎の周囲をぐるぐると回転する。足下から次第に上に昇って行き、帯から内側に放射される光線が身体に模様のような物を描き出していく。最後に帯そのものが額から吸い込まれていき、静寂が戻る。僅か10秒程度の出来事である。


『インストール終了。続いて初期所持金を算定します。』


 スロットマシンからコインが排出されるような音と共に、残CPが資金に変換される。

 その資金、約350万GCギャラクシーコインである。これは初期としては結構な額の資金になるが、裕一郎としてはこれでもまだ不安を抱えている。それだけ計画的な資金管理が必要な、金の切れ目が命の切れ目となるゲームなのだ。


『それではゲームを開始します。サーバーを選択して下さい。』


 目の前の空間に4つの球体が出現する。

この球体はそれぞれが惑星であり、サーバー=惑星である。

 4つのサーバーにシステム上の差違は無いが、大陸の形状などが少しずつ変わっているのだ。


 イースト・サーバーは山脈が多く、大陸の各地域が分断されている。

 ウエスト・サーバーは水源が多く、湖や湿地帯が多数存在する。

 ノース・サーバーは砂漠と草原があり、開けた地形になっている。

 サウス・サーバーは起伏が少ないが、大部分が密林のような地形になっている。


 特に逡巡せず、祐一郎はイースト・サーバーを選択した。

 ある程度進めば、手間はかかるもののサーバー間の移動も可能になるため悩む必要は余りない。ウエストの水場で水陸両用機体を駆使するのも魅力的ではあったが、別に他のサーバーに水場が無い訳ではない。それよりも、洞窟や坑道などが多数ありそうなイーストを優先させたのだ。目指せ採掘王。


 目の前の床が発光し、転送ポータルが出現する。


『ではイースト・サーバーお進み下さい、ハーライト様』


 「ハーライト」は今回のCNキャラクターネームである。

 祐一郎は基本、名前に愛着は無いため、ゲーム毎に名前は変えている。しかしそうすると、段々名前のストックが無くなってくるのが悩みの種である。最近は面倒になったので、適当に鉱物や動物の名前を流用している。ちなみにハーライトとは日本語で岩塩のことだ。


 期待に胸を躍らせつつ、裕一郎・・・・・・ハーライトはポータルに足を踏み出した。



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