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Mission.0 輸送部隊



 そこは荒野だった。文字通り荒れ果てた大地であり、僅かな植物を除けば不毛の地と言ってもいいだろう。地形は凹凸どころかそこかしこに石柱のように大地が盛り上がり、また川のように大地が窪み、いわば岩の密林とでもいうべき様相をなしている。見通しは極めて悪く、迷路のような地形が立ち入る者を阻んでいる。


 そんな荒野に砂煙が舞う。灰色の砂を巻き上げて移動するもの――トラックだ。10台程度の車両が砂煙の中から次々と姿を現す。ほとんどがコンテナを運んでいるトラックだが、中にはシートに包まれた荷を積んでいるトラックではない車両もある。連絡を取り合っているのか、時折乱れる隊列を適時修正しながら荒野を進んでいく。

 赤茶けた岩ばかりのこの荒野は、その景色にちなみ“錆色荒野”と呼ばれており、そこに造られている道路は、上空から見れば白い川の様に見える。もっとも、上空には飛ぶ鳥すら存在しないのだが。



 だが、荒野を進む車両を上から見つめる目があった。周囲の地形よりもやや高い、丘のように隆起している場所で、その目は眼下の隊列を観察している。そして、隊列がある地点を過ぎたところで、それは動いた。


何の前触れも無く、隊列前方にある岩場で爆発が起きる。轟音とともに道路の脇に聳えていた岩壁が崩落し、道を塞いでしまう。

 突然の事態に混乱が巻き起こる。


『何事だ!』

『こちら先頭車両。前方で謎の爆発が起き、道が塞がれました!』

『賊か! 全車両緊急停止、迎撃しろ!』


 道はそれほど広くなく、縦に伸びた隊列が素早くUターンすることは出来ない。集団はその場で迎撃することを選択する。

一見したところトラックに武器の類は付いていないように見える。確かに7台は輸送専用の非武装車両だが、先頭車両から大きくレーダードームが展開し、前方2番目と最後尾にいた大型車両から覆いが外された。

 そこに鎮座していたのは人を模した巨大な鎧だ。ただの飾りではなく、その装甲の合間に見えるケーブルやパイプ、なによりも力強く光を灯したメインカメラが、この存在が動く物であることを明確に示している。


『レーダーに感あり! 7時方向より2、2時方向より1接近、機種不明です!』

『さっさと出る護衛共! このままだといい的だぞ!』


 ゆっくりと身を起こしていた鎧は、慌てたように車両から飛び出して手持ちの武器を構える。2台の車両から2機ずつ、合計4機が隊列の前後を守る形となった。細身でシンプルな、速度を重視した鎧。巨大な盾を持ち、どっしりとした装甲を持つ堅固な鎧。多数の砲塔を備えた、火力を追及した鎧。剣と盾を持ち、騎士のような風貌を持つ鎧。


数で上回っている以上、問題のない戦いである。

――そのはずだった。


 護衛の鎧が飛び出そうとする直前、空から砲撃が降り注ぐ。綺麗な放物線を描いて飛来した弾頭が、彼らの直上で多数に分裂し、面となって隊列全体を包み込む。

 1発毎の威力はそれほどでもないが、メインカメラにでも直撃すれば洒落にならない事態になるため、4機は咄嗟に盾や腕でウィークポイントを庇う。

 その隙が明暗を分けた。

 護衛が迎撃態勢を取り、防御行動に費やした時間があれば、襲撃者が襲いかかるのには十分であった。


 岩場の陰から筒のような物が放り込まれ、即座に弾けて何かをまき散らす。それを浴びて動きの鈍くなった護衛の鎧に向けて、続けて躍り出た2機の鎧が、手に持った大筒――ロケットランチャーを発射する。回避行動が思うようにいかず、直撃ではないものの至近距離の爆発で2機が吹き飛ばされる。

 襲撃した鎧は素早く武器を持ち替え、1機が銃弾を残りの鎧に向けて牽制にばら撒き、もう1機が背負っていた斧槍を引き抜き吹き飛んだ鎧を仕留めに向かう。

 後は蹂躙と言ってもいい。




(・・・・・・おお、怖い怖い。やはりルーチンがガチだな・・・・・まあ、いい囮になってくれたし、そろそろこっちも移動するか。)

 その光景を遠くから観察し、思考する影があった。先程襲撃の指示を出した影がいた場所よりもさらに離れた岩山、その頂近くからゆっくりと影が滑り降りる。周囲は歩行困難なほどの傾斜だが、その影は危なげなく岩山を降りていく。

 その影は、先程先頭を行っていた鎧達と同類のものであったが、同時に異形でもあった。人を模さない形状、その身体を支える多数の脚部、その見た目は昆虫もしくは節足動物を思わせる物で、安定感のある動きで凹凸の激しい大地を危なげなく踏破していく。


 襲撃場所から離れながらその影――いや、その機体の操縦席に座る男はさらに考える。

(・・・・・・大破した機体がデータ片に変換されるまで10分。救助信号もないからそのままだろう。設定上積み荷を強奪する訳だから、少なくともその間はあの場から動かないのは確実。)

 そう結論づけて、男は、揺れる機体を制御してさらに速度を速めた。周囲の地形を読み取り、適したルートを分析し、目的地に向かうために妥当な道を選択する。整備された道を使わないのは襲撃のリスクを極力減らすためであり、この多脚型機体だからこそ行ける最短ルートを利用するためである。そうして速くかつ確実に、荷物を目的地まで届けるのだ。

 彼はこのゲームにおいて輸送ミッション成功率70%超を誇る「運び屋」であった。



 21世紀も後半に差しかかった時代、様々な技術革新により世界はその姿を大きく変貌させていた。中でも(先進国の)人々の生活に大きな影響を与えたのが、人間と電脳世界の接続方法であった。未だ漫画やアニメに描かれたような、人の意識が直接電子の海へ接続することは不可能であったが、疑似的な感覚を再現する技術――Virtual Realty(VR)技術――が確立され、様々な分野に利用されるようになった。


 当初VR技術が利用される分野は軍事・医療を主としていたが、データの蓄積と開発競争によるコストダウンによって、娯楽分野に利用されるようになった。

 2055年、初のVRゲームが発売される。これはゲームと言うよりは、疑似的に世界の様々な場所を体験して楽しむ程度の物であり、人が入るサイズの専用筐体及び回線を必要としたため一般層には手の届かない商品だった。


 その後も様々な商品が発売されたが、専用筐体・回線の必要性が壁となった。現在の技術ではそれ以上の小型化は不可能であり、富裕層のみの娯楽と位置づけられていた。


 その状況を打破したのが『VRアミューズメントセンター』の登場である。

 極論すれば普通のゲームセンターなどに置いてあるネットワーク対戦ゲームの超高価版となるが、その初期投資は文字通り桁違いの物であり、現在隆盛を極めている『Another Truth社』の社運を賭けた一手だったという。その成功の要因は、同時に投入されたVR対戦ゲームの影響が大きかったと言われているが、既に過去の話である。

 現在VRネットワークは日本全国に回線が張り巡らされ、他社がAT社に回線使用料を払う形で自前の筐体を接続する形になっている。



 そんな時代だが、今世紀の初めに隆盛を誇ったMMORPGを初めとする多人数同時接続型のRPGのVRタイトルは驚くほど少ない。シェアの大部分を占めているのは、予めパーティーやチームなどを組んでステージを攻略するタイプや、協力してハンティングを行うゲームなどである。もちろん格闘や戦闘機による対戦ゲームも根強い人気を誇っており、総じてアーケードゲームに近いタイトルが主流だ。

 原因の一つはサーバーの処理能力と制作コスト。そのコストは並の中小企業では手を出すことが出来ない代物で、大手にしても下手な物を出せば、その損害は無視できないものになる。そのため、事実上いくつかのタイトルがバージョンアップを繰り返し、新タイトルは年1本出れば良い方という状態であった。

 さらにユーザーの拘束時間だ。自宅からプレイできるのは極一部の金持ちくらい。基本的に皆店舗に出向いてプレイしなければならない。それなりの数が普及しているとはいえ、施設が無い所も多い。田舎になればなるほどそれは顕著である。諸々の手間が、時間のかかるRPGを避ける傾向を生んだ。理由は他にも多々あるが、とりあえずRPGのタイトル、それも王道でないものは驚くほど少ない。

 そんな世の中だったが――それでも作りたがる製作者と、やりたがるユーザーは必ずいるものだ。




「企業枠ですか? いいですよ、是非やらせて下さい。」


 とある企業のオフィス、休憩室での一幕である。


「・・・・・・ずいぶんあっさり決めるな、遊びじゃないんだぞ・・・・・・遊びだが。レポートは週一で提出してもらうし、期間中は給与半減だ。」


 眉間に寄せた皺が馴染んでいる壮年の男性が、ため息を付きながら対面にいる若い部下に言う。その部下はといえば、対照的に気楽な表情だ。


「いえ、元々プレイするつもりで、むしろ休暇が足りるかどうか悩んでいたところでしたので、渡りに船ですよ。さらにうちの企業割引使っていいということですから、断る理由はないですね。」

「・・・・・・相変わらずだなあ、お前は」


 この2人が話しているのは、近日正式稼働が決定したVRMMORPGの大型タイトル『地平の興亡』についてだ。ADAと呼ばれる人型兵器によるバトルを主軸とした初のSF系VRMMORPG(ロボット物のVRゲームは多数存在したが、基本的に対戦ゲームだった。)であり、分野的にそれなりの顧客が期待されている。

 AT社の子会社が制作しており、技術面・設備面での不足は無く短期間行われたβテストもスムーズに終了。種々の事情により当面は国内限定だが、全国から注目の集まっている代物だ。難点としては、SF系ロボット物としてクセが強く、ある程度素養がないと敷居が高いというところか。開発側も取材に対して、『所謂ロボットアニメ的な物ではなく、泥臭い撃ち合いや殴り合いを意識して制作した。今のところ後悔も反省もしていない。』という発言をしており、βテストにおいても泥臭さは評価の分かれるところであった。


 今回用意された初期アカウントは10万個で、1割がβテスター引継ぎ用、1割が関連企業配布、1割がその他色々、残り7割が一般販売となっている。この企業もVRゲームの制作に携わっており、少ないとはいえいくつかアカウントが回ってきたという訳だ。


「すまんな笹谷ささや君。君に責はないが、上は人件費をどうしても減らしたいらしい。その上で拘束されるというのだからな・・・・・・君にはあるいはご褒美だったかもしれんが。」

「もちろん我々の業界ではご褒美ですよ? 磯辺いそべ課長が気にすることじゃありませんよ。どうせ仕事が無い以上うちの部署はやることが無いですし、経費を抑えるにはそれしかないですから。」


 この会社、今経営難に陥っている状態である。倒産する程ではないが、かなり厳しい状態だ。そんな中、広報部で広告用の資料を制作する部署にいた笹谷祐一郎だったが、出社の必要が無くなった。別に首になった訳ではなく、要約すると『仕事無いから出てこなくて良いよ、自宅でデータのまとめとかやってもらうから。後例のタイトルのアカウントやるから、専任テスターの代わりにフルでプレイして定期的にレポート上げてね。その間給与は半分で』と言われたのだ。

 仕事ぶりはそこそこだと自認しており、しばらく前からの人手不足で社内テスターも兼任していたため、『地平の興亡』のデータ収集に駆り出されたのだと裕一郎は推測している。それだけであれば貯蓄の許す限りはご褒美だが、編集作業を任されたデータの表題を流し読みすると、うんざりするような内容も相当量見られる。上役連中がこの機会にと、役に立つかどうかも不明な資料を作成させようとしているのだろう。


「分かった・・・・・・これがアカウントの登録用キーだ。既に君の登録は済ませてあるから大丈夫だと思うが、開始まで無くさないよう注意してくれ。」


 磯辺が傍らのケースから、消しゴムサイズのキーを取り出し、祐一郎に渡す。念を入れるのは、アカウントがオークションで高騰するレベルで取引されているのを知っているからだ。もっとも、『地平の興亡』は最近の新型タイトルの中では取引額は低い方になる。ロボット好きの層からはかなりの反応があるものの、それなりにリアリティを考慮した地味な演出とシビアな戦闘システムより、対戦ゲームの層からは受けが悪いためだ。


「はい、了解しました。・・・・・・一応預かっていた仕事は全部片付けておきましたが、何かありましたら連絡を下さい。プレイ中以外なら対応しますので。」

「なに、大仕事が入らない限り君が居なくとも大丈夫だ。早い復帰を願わざるを得ないが、私の予想だと、3~4ヶ月はこのままだな。」


 淡々と磯辺が予想を口にすると、裕一郎も特に表情を変えず、肩をすくめる。


「・・・・・・まあ、半年ぐらいなら貯金もありますし大丈夫ですよ。これが1年以上となると次の職場を探しますが。」

「そうされるにはもったいないから、企業アカウントで引き留めている訳だがね。」

「それぐらいは評価されている訳ですか。」


 実のところ、彼は既にアカウント自体は入手しているので別に必要はないのだが、その辺を口に出す気はない。むしろオークションに出して臨時収入を得られるので万々歳である。

 大体話を終えたところで、裕一郎は重要な事の確認をすることにした。


「ところで、レポートはともかく、プレイ内容については好きにやっていいとのことでしたが、間違いありませんね?」

「それは間違いない。正式文書は無いが、メールではそのようになっている。だからトップを目指せとか企業名でプレイしろとかいう無茶振りは無いが・・・・・・また何かやらかすつもりか?」


 諦めを含んだ表情で、磯辺は珈琲を口に含む。休憩室にはコーヒーサーバーがあり、誰でも飲むことができるようになっている。これまで担当は裕一郎だったため、次の担当をどうしようかと磯辺は考えた。


「いえ、それであれば問題なく趣味に走れるなと思いまして。」

「お前はいつも趣味全開だろう。」


 躊躇のないつっこみが入る。


「仕事ではそれなりに抑えていますよ。広報資料を作りながら、どれだけデザインを変更したいと思ったことか・・・・・・。」

「お前に変更されたら、ドリルとか杭打ち機とかハンマーとか、その辺が前面に出てしまうだろうが。」

「あ、今ドリルを馬鹿にしましたね課長。人の生活基盤を整える上でなくてはならない物だというのに。ドリルいいじゃないですかドリル。浪漫ですよ。回転ですよ。螺旋ですよ。土木用機械とか実用性に溢れていて素晴らしいじゃないですか。いえ別にスマートなデザインを否定する気はないですけど。」

「わかったわかった、好きにすればいいだろう。」


 結局裕一郎の意見は今日も理解されないのであった。この会社ではテーブル・パズル系のゲームが主なので、採用されないのは当然のことなのだが。



 祐一郎はキーを仕舞って帰り支度を整える。正式稼働は2週間後であり、準備をしようと思うなら悠長にしてはいられない。

 仕事としてプレイするのなら、相応の結果を出すのが社員というものであり、給料を貰っているが故のプライドでもある。

 ビル入口から出たところで、夕焼けに染まった町並みを目にして足が止まる。


「しかし普通にプレイしてレポートを上げるのか・・・・・・。社内テスターやってた時もそうだったが、仕事が入ると思うと、素直に楽しめないんだよな・・・・・・。」


 余談だが、世の中にはスタープレイヤーと呼ばれる人々が少数ながら存在し、ゲームによる知名度を使い広告料等様々な手段で稼いでいる。プロスポーツ化とでも言うべきだろうか。

 複雑な気分を抱えつつ、祐一郎は準備のため家路に着いた。



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