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自分を有能だと勘違いしている無能王太子殿下との婚約破棄は、むしろこちらから

掲載日:2026/01/07

昔から、私の容姿はズバ抜けて(すぐ)れていた。


神様から授かったこの美貌を無駄にするのは罪だと、周囲の大人達が口々に言うものだから――

私自身もいつの間にか、そうだと思うようになっていた。


この手に触れていいのは、世界一の男だけ。

世界中の贅沢をどれもこれも身にまとい、飾り立てた王宮で、かしずく男を見降ろす。


それが私の使命だと信じて疑わなかった。


だから、努力した。


教養を身につけ、マナーを磨き、感情を制御し、王太子の婚約者という立場を勝ち取った。

けれど……。

婚約者となった王太子エドゥアールは、残念ながら無能だった。



そう、例えばある日のこと――

エドゥアールはこちらを向くこともなく、一枚の書類を片手で突き出し言った。


「この嘆願書にサインして、見舞金を出しておいてくれ」


それは天災に喘ぐ地方からの要請だった。


「本当に不作の原因が水害なのか、調査が必要ではありませんか?」


そう進言すれば、彼は不機嫌そうに眉を顰める。


「では、餓死者が出るのを見過ごせと言うのか?」


「安易な補填が良い結果を生むとは思えません」


しばらく沈黙した後、エドゥアールは深い溜め息をついた。


「……分かった。嘆願は却下しておく」


その言葉に、私は思わず言葉を失う。


却下?

餓死者が出ると分かっていながら、却下?


「……取り急ぎ信頼できる者を派遣し、必要な物資を早急に届けるようにいたします」


咄嗟に頭の中で算段を組み、そのように告げる。

すると、エドゥアールはやれやれとでも言いたげに肩をすくめてみせた。


結局支援の方向に動くのなら、最初から余計な口出しをしなければよいのにとでも思ったのだろう。

だが、根本が違う。


不作にあえぐ民を救うという目的は同じでも、ただ支援金を出すだけの補填と、原因を調べた上で調査を行い、一時的な配給を整えるのとでは、成果も、その後の負担も、まるで別物だ。


違うのだが……。

残念ながら、エドゥアールにはその違いが分からないのだろう。



エドゥアールの下す指揮は一事が万事、こんな感じだった。

経験不足と言えば、それまでなのかもしれない。

だが、それを差し引いてなお、彼に政を担う才があるとは、どうしても思えなかった。


そう考えれば致し方がないのだが。

エドゥアールと私の、冷めきってはいるものの一見良好な関係は、ひとえに私の善意と忍耐の上に成り立っていただけである事に、彼は気づいていなかった。

いや、気づけないのだろう。


しかしなにより――

私は、エドゥアールの、内心では『自分は上手くやっている』と自惚れ、私を見下すそのにやけた顔が、タイプではなかった。





あぁ、私の容姿がこんなにも素晴らしくなかったら。

こんな男の相手など、しなくて済んだのに。


そんなことを考えていた時だった。


「戻りました」


そう言って一人の背の高い青年が、私の執務室に現れた。


艶やかな黒髪に、知性を秘めた切れ長で美しい黒壇の瞳を持ち、甘いマスクに人たらしの笑みを浮かべる彼の名前はマリウス。

私の同窓でありながら、彼は隣国の商家の跡取り息子だ。


いや、商家という表現では、少々生ぬるい。

彼の生家は、その気になればこの国を丸ごと一つ買ってなお、釣りが来ると噂されるほどの豪商だ。


「ありがとう。大変だったでしょう? 本当に、貴方の商才は素晴らしいわね」


今回の不作調査で実際に現地へ赴き、土地を改良し、商業地として再生させた、その最大の功労者は他ならぬ彼だった。

本来、称えられるべきはエドゥアールではない。


手放しで褒める私の言葉を聞いたマリウスは、しかし一瞬表情を硬くし、視線を伏せる。


「金があっても、愛する人の手に触れられないのなら意味はありません。僕は商才なんかより……貴女が欲しかった」


詮のない言葉だ。

私は、それを聞かなかったことにした。







******


ある夜のパーティーでのこと――

エドゥアールが、いかにも満足げな顔で周囲に向かい宣言した。


「男爵令嬢リリアーヌを側妃として娶ることにした。皆、祝福してくれ!」


エドゥアール曰く、正妃は私のままとのこと。

そうすることで、彼なりに一応はこちらを立てているつもりらしいが――


全くもって、馬鹿馬鹿しい話だ。


誰かが諫めるかと黙って様子を見ていたが、声を上げる者は誰一人いなかった。

外面を保ったまま責任を回避し、結果の享受にのみ甘んじてきた者たちだ。

我先にと保身に走ることはあっても、貴族たる責務を自ら引き受け、王太子を諫めるという発想など、最初から持ち合わせていなかったのだろう。



私は、自分の美貌に相応しい世界一の男の隣に並び立つのが当然だと、そう信じて努力を続けてきた。


私の美貌に相応しい世界一の男――

それは、世界を、民の暮らしを背負うだけの甲斐性を持つ男だ。


肩書のみを指すものではない。


エドゥアールは確かにいずれ、この帝国の、世界の王になるのかもしれない。

だが、それだけだ。


所詮、エドゥアールはその器ではなかった。

そのことが露呈した以上、彼の将来の正妃として留まり続けることは、私もまた使命を果たしている“つもり”で堕落することと同義だろう。



「殿下との婚約は、ここで破棄させていただきます」


私がそう告げると、会場は水を打ったように一瞬で静まり返った。


「なっ……?! どうしてだ? 君に相応しい、その手に触れていいのは、世界一の男だけなのだろう?!」


焦った様子で私の腕を掴もうとするエドゥアールの手を、スッと交わす。


「ええ、その通りですわ。ですから、気安く触れようとしないでください」



「僕に瑕疵がない以上、侯爵令嬢の地位を失うのはお前のほうだぞ!」


「承知しております」


淡々と答える私に、エドゥアールは顔を怒りで真っ赤にし、声を荒げた。


「婚約破棄には莫大な違約金が発生する! そんなもの、お前に払えるはずがないだろう!!」


確かにその額は生家の侯爵家が一瞬で傾く程のものだ。

そんな脅しに屈するつもりは一切ないが、さて、実際に支払いはどうしたものかと思った――その時だった。


「違約金なら、僕が払いましょう」


マリウスが一歩前に出た。

そうして彼は涼しい顔で、しかし私からすれば隠し切れない喜々とした様子で、胸元から一枚の小切手を取り出してみせる。


「よろしいですね」


そう言って。

かしずくマリウスに向け、私は手を伸べた。

そして、初めて甲への口づけを許す。


その意味を理解するまでに、エドゥアールは一瞬、遅れたのだろう。

ようやく自分のやらかしに気づいたその顔から、さっと血の気が引いていくのが、はっきりと分かった。






******


人は同じレベルの者同士で惹かれ合うと聞いた事があったが。

王太子と同じレベルの側妃では、私のように彼の尻拭いは上手い事出来なかったのだろう。


後日――


「ルーシュ、僕が愚かだった。もう二度と君を蔑ろにしないと誓うから、婚約破棄は思い直してくれ!!」


私の嫁ぎ先に突然やってきたエドゥアールが、そんな馬鹿な事を言いながら私に縋ろうとして来たので、触れられる前に護衛を呼んだ。


彼は護衛に阻まれた後も、


『本当に愛しているのは君だけだと、ようやく分かった。あぁ……何度、君のその瞳を夢に見ただろう』

『君がいなくなってから、各所から不満や抗議が相次ぎ、政務がまるで立ち行かなくなった。このままでは、僕はお終いだ。頼む、戻って、また僕を助けてくれ』


などと口にしていたが――


最初から予想出来たことだ。

今さら嘆かれたところで、私が判断を覆す決め手などには成り得ない。



「無礼者!! 不敬罪で処刑してやる!」


私の護衛に向かいそう喚くエドゥアールの声を聞きつけ、マリウスがやって来た。


そうしてマリウスは柔らかな笑みを浮かべ、エドゥアールの耳元で何かを囁く。

すると次の瞬間、エドゥアールは黙り込み――

歯噛みしながらもすごすごと引き下がっていった。


エドゥアールが帰った後、彼に向かい何を言ったのかと尋ねてみても、マリウスは人好きのする笑顔を浮かべるだけで、いつものように、適当にはぐらかして教えてはくれなかった。

しかし、マリウスのことだ。


『喧嘩なら倍値で買ってやる。ただし、その時に飛ぶのは護衛の首ではなく、お前のものだ』


おそらく、その程度のことは言ったのだろう。



思わず、マリウスも仕方のない人だなと小さく溜息をついた、その時だった。


「……出過ぎた真似をしました。アレも、これで少しは懲りたでしょう。呼び戻してきます」


不意にそんな思いもよらぬことを告げられ、驚きと焦りに駆られた私は、初めて自分から、走り出そうとするマリウスの手を掴んで引き止めた。


「貴女が王妃となるべく、どれほどの努力を続けてきたか。僕は誰よりも知っています。貴女は、こんな場所に留まっていい人ではない」


何を今さら、と呆れるが、マリウスは真剣な様子で(かぶり)を振る。


「いえ、まだ間に合います。必ず、僕が間に合わせてみせます!!」


いや、どう考えても間に合わない。

私は先日、マリウスと正式に婚姻を結んだのだ。

間に合わないどころか、もはや完全に終わっている。


だが彼は、その有り余る財力をもって、私と彼の結婚を――

いや、それ以前に、私の婚約破棄そのものをなかったことにするつもりらしい。


甲斐性がありすぎるのも困りものだな、と呆れ脱力する私に向かい、彼は静かに言葉を続ける。


「良い夢を見せていただきました。ですが、どうかご安心ください。この結婚が幻に変わった後も、僕のすべてを貴女に捧ぐと誓います」


そう言って、本来なら抑えきれないはずの切なさを、綺麗に笑みの裏へと押し隠し、マリウスはまた他人行儀にかしずいてみせる。


「私は、自ら選んでここに来ました。その決定を覆してやろうなどというのは、ただの傲慢です」


そう、私にとってマリウスとの結婚は、決して不本意な結末などではなく――


美しく生まれついてしまった私が、恵まれた者としての義務を引き受け、驕りではなく責任の側に立つために、世界一の男を、これまでのように周囲に言われるがままではなく、今度こそ自分で選んだ。


ただ、それだけのことだ。


決して、マリウスへの思慕ゆえに、彼と結婚するため自ら平民へと身を堕とす為、あえて大勢の前で王太子に婚約破棄を突きつけるなど、そんな危ない橋を渡ったわけでもない。

ないったら、ない!


「傲慢がいかに身を滅ぼすかは、つい今しがた、貴方もエドゥアール殿下の成れの果てをもって、目にしたばかりでしょう? 分かったら、変な甲斐性は出さないでください」


そう言いつつ、私は力いっぱい後ろへ反るようにして、ぐい、とマリウスの手を引き、彼を立ち上がらせた。

反動で引き起こされたマリウスは、私の出したその思いがけない火事場の馬鹿力に、少し驚いたようだったが――


やがて、私が初めて見る、飾り気のない、おそらく彼の素に近いのだろう笑顔を浮かべ言った。


「そうか。では、貴女に選び続けてもらえるよう、これからは努力して、さらに甲斐性のある男になるとしよう」


「いえ、ですから本当にもう十分ですって。これ以上は……」


続きを言いかけた私の言葉は、途中で途切れて消えた。

マリウスが、初めて跪くことなく立ったまま身をかがめ、私の手の甲ではなく唇に、そっとキスを落としたからだ。


さっきまで、私との結婚を夢として終わらせるため、手の甲への口づけ以上は決してしてこなかったくせに。

切り替えが早いのも(有能なのも)、意外と考えものだ。


『神様から授かったこの美貌を無駄にするのは罪だ』


今も、その信念は揺るがない。

揺るがないのだけれど……。

その信念を貫きとおすためとはいえ、このままマリウスの傍にいて、果たして私の心臓は持つのだろうか??



なお――

何より、夫となった彼の顔が、実は私のタイプだったという事実だけは、引き続き私の心の奥にだけ、ひっそりとしまっておくことにした。

Ouh là là !


沢山あるお話の中、見つけて最後まで読んで下さりありがとうございました。


『また何か書いたら次も読むよ』のサインの代わりに、ブックマーク、そして下の☆を押して評価していただけたりなんかしますと幸いです。



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どうぞよろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
狙い撃ち ですね。歌詞がそのまま使われていて吹きました。でも、物語はなかなか面白かったです。ありがとうございました。
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