第7話 勇者、夢を見る
僕は夕日でオレンジ色に染まった田舎道をひとりで歩いていた。手にはそこらへんで拾ったかっこいい棒を持ち、鼻歌を歌いながらずんずん前に進んでいく。
前から誰かが歩いてくるのが見えた。逆光で顔が見えないがすぐに誰かわかる。
「父さん!」
僕は駆け出した。しかし石に躓き転んでしまう。痛くて痛くて、視界がぼやけてくる。
「次期勇者がその程度で泣くんじゃない。ほら!」
父さんが手を差し出す。僕は涙を拭うと、1人で立ち上がった。
父さんは驚いた顔をしたが、すぐに微笑むと、
「強くなったな、キハダ」
「僕、次期勇者だからね!」
「はは、これなら父さんも安心して勇者を引退できるな」
「えっ、引退しちゃうの?」
「うーん、もう少し経ってからかな」
「もう少しってどれくらい?」
「そうだな……。キハダが父さんの背丈を越したら、かな」
僕は父さんを見上げる。大きい。身長だけじゃない、腕は丸太みたいに太いし、重い農具を軽々と背負っている。
それに比べて僕はーー。背丈は父さんの胸くらいしかないし、手に持っているのはすぐ折れる枝切れだし。急に自分が恥ずかしくなってきた。
すると視界が急に高くなる。父さんが僕を肩車してくれた。
「重くなったなぁ、キハダ。父さんの背丈もあっという間に越しちゃうんだろうな。寂しいなぁ」
「それっていつ? 明日?」
「はは、明日はちょっと早いかな」
父さんは僕を肩車したまま歩き出した。
「キハダ、迎えに来てくれてありがとうな」
「うん! 僕、どうしても父さんに話したいことがあって。僕ね、今日かけっこで1番になったんだ」
「そりゃあすごい。流石、次期勇者だ」
「えへへ。そしたらね、アイちゃんとマイちゃん、あとミィちゃんがね、僕のお嫁さんになりたいんだって!」
「モテモテだな。で、キハダは誰をお嫁さんにするんだ?」
「3人とも可愛いから、3人ともお嫁さんにする!」
「そりゃあダメだろ。お嫁さんは1人、そういうルールだ」
「えー、難しいなぁ」
「よく考えなさい」
日は段々と傾き、空はオレンジ色から暗黒へ変わりつつあった。風も冷たくなってきて、少し不安になってきた。そのせいだろうか、僕はついあの質問をしてしまった。
「ねえ、父さん」
「ん? 誰をお嫁さんにするか決めたのか?」
「第2の魔王っていつ現れるの?」
父さんの足が止まる。
「……どうしてそんなこと聞くんだ?」
「だって父さん、毎日毎日畑仕事ばっかりじゃないか! こんなの全然勇者っぽくないよ。第2の魔王さえ現れれば、父さんは勇者を――」
「やめないか!」
その怒声は、優しい父さんが発したとは思えないほど恐ろしいものだった。僕は本日2度目の涙目になる。
「キハダ、これだけは忘れないでくれ。魔王はいない方がいいんだ」
「で、でも」
「……もうこの話はお終いだ」
父さんは再び歩き出した。
父さんは今どんな表情をしているのだろう。肩車されているから、下を覗き込めばすぐに分かる。でもそんな勇気はなくて僕は夜空を眺める。1番星が輝いている。僕は手を伸ばす。もちろん1番星には届かなくて、僕の右手はむなしく空を切るだけだった。