第6話 勇者、料理をする
こうして家に入ることを許された俺であったが、壁にぶち当たっていた。
「昼ごはん、何食べよう」
ランチャに昼ごはんを作るよう命令されたが、全然献立が思いつかない。こんなことだったらスウとランチャに何が食べたいか聞いておくべきだったな。
聞きに行けばいいじゃないか、と思うかもしれないがそれはできない。なぜならあの2人は今風呂に入っているからだ。スウがあまりにも汚いので洗ってあげるらしい。
ランチャからは『覗いたら殺す』というありがたいお言葉を頂いている。だーれが覗くか! 俺は妹とお子様の裸に興味はないの。仮にスウが大人の色っぽいお姉さんだったらやぶさかではないが。
おっと、話が脱線したな。それより今は昼食だ。仕方ない、ある材料から献立を考えるか。
台所の戸棚を探すと小麦粉が出てきた。あとは卵と牛乳、調味料類だけか。なんと貧しい我が家の食料事情。これじゃあ考えるまでもなくホットケーキ一択じゃないか。
俺は手早く生地を作り始めた。小麦粉を振るい、卵や牛乳と一緒にシャカシャカ混ぜる。見よ、この手際の良さ!
実は俺、料理が得意だ。それだけじゃない、料理以外の家事全般が得意だ。家事をしないとランチャがお小遣いをくれないので必死に覚えたんだ。全く人使いの粗い妹で困るぜ。
そんなこんなで、ホットケーキが完成した。ふんわり厚焼きで見るからに美味そうだ。あとはダイニングテーブルに並べて、と。
「えー、ホットケーキ? 甘いのはご飯にならないわよ」
ダイニングに現れたランチャは開口1番そう言った。風呂上がりのせいか血色がよく、ほどいた金髪はやや生乾きだ。
「仕方ないだろ、材料がなかったんだから」
「仕方ないでしょ、誰かさんが無職でお金がないんだから」
……藪蛇だったか。俺は話題を逸らすことにした。
「スウはどうした? 見当たらないんだが」
「あら? さっきまで一緒にいたんだけど」
あたりを見回すと、柱の陰から覗く真紅の瞳と目が合った。
「どうしたスウ。隠れていないで出てこいよ」
「は、はい」
スウが柱の陰からゆっくりと出てきた。その変わり果てた姿に、俺は思わず息を呑む。
灰色でボサボサだった髪の毛は、ウエーブのかかった美しい銀髪に。泥だらけで分からなかったが、かなり目鼻立ちがはっきりした顔立ちをしている。特に目力がすごい。小動物を連想させるほどクリクリした瞳に、まつ毛はバシバシに長い。
あれ、もしかして――
「スウちゃんってすっごい美少女じゃない!」
ランチャの無慈悲な言葉に、俺は絶望する。
なぜ絶望しているかだって? まぁ自分の奴隷が美少女だったら、そこら辺の凡作主人公は飛んで喜ぶかもしれない。しかし思い出して欲しい。スウは今後第2の魔王になる存在だ。
絵本や小説、演劇ーー勇者の魔王討伐の物語は数々の創作物として世に広がっている。作者の独自の解釈や表現で差別化されているのだが、一つだけ共通点がある。それは魔王の見た目だ。どの作品も恐ろしく、見るだけで嫌悪感を持つようデザインされている。
ところがスウはどうだ?
可愛いのはもちろん、小柄で自信なさげな佇まい。見ているだけで『俺が守ってやらなくちゃ』的な庇護欲が掻き立てられるじゃないか! 守りたくなる魔王なんて聞いたことない。これはまずい、まず過ぎるぞぉ。
突然、ランチャに肘で小突かれた。
「ちょっと、スウちゃんに何か言ってあげなさいよ。ホント、気が利かないわね」
「あ、ああ。そうだったな。スウ、可愛いぞ」
するとスウがはにかみながら微笑んだ。初めてみる彼女の笑顔、その可愛らしさときたらまるで天使みたいで――。
って、天使じゃダメなんだよ! 俺が必要なのは魔王なの! 天使はむしろ敵! あっち行け!
「……さ、ホットケーキが冷めちまう。食べようぜ」
「もしかしてキハダ照れてるのぉ? 童貞拗らせ過ぎぃ!」
煽ってくるランチャを無視して、俺は食卓に着く。続いてランチャが向かいの椅子に座る。
空いている席は残りひとつ、親父が生きていた時に座っていた椅子だ。捨てるのもめんどくさいからそのままにしていたが、まさか役に立つ日が来るとはな。
しかしスウは椅子には座らず、床にペタンと座り込んでしまった。
「スウ、どうしたんだ。椅子に座れよ」
「あっ、奴隷がみなさんと同じ食卓につくなんて恐れ多いです。スウは床で大丈夫なのでお気になさらず」
俺は想像する。最終決戦で魔王が玉座ではなく、床に座っていたらーー威厳もクソもないじゃないか!
これでは魔王としての格好がつない! 今ならまだ間に合う、スウに椅子に座る習慣を付けさせよう。
俺は床に座ると、
「じゃあ俺も床で食う」
「あっ! ダメですよ。ご主人様は相応しい場所に座って下さい」
「ダメだ。俺はお前と同じ場所で飯が食べたいんだ」
「あっ、わ、わかりました。ご主人様にこのような場所で食事をさせるわけにはいきません。椅子に座ります」
ふう、椅子に座らせるだけで一苦労だぜ。
するとランチャがニヤニヤといやらしい笑みを浮かべながら、
「キハダもたまにはやるじゃん」
「うるせえ。ほら、食べるぞ。いただきます」
ホットケーキをナイフで一口大に切り、フォークで刺して口に運ぶ。
うむ、外はカリッと中はフワフワで実に美味だ。
ふとスウに視線を向けると、手づかみでホットケーキを食べていた。
「ス、スウゥ?」
俺が話しかけても聞こえていないのか、スウはホットケーキを食べる手を止めない。ガツガツと食べ進め、1分も経たないうちに食べ切ってしまった。
「あっ、こんな美味しいものはじめて食べました!」
笑うスウの口の周りはシロップとパンケーキクズで汚れに汚れていた。
俺は頭を抱える。魔王以前に常識を教えないとだよな、コレ。