第5話 勇者、ごまかす
「ここが俺の家だ」
スウは目を大きく見開く。
「驚いたか?」
「あっ、いえ。とても素敵なお家だと思います」
「お世辞は言わなくていい」
俺は大きなため息を吐く。俺の家は築50年の平屋だ。壁は経年劣化で汚いし、雨漏りはするわで、あちこちガタがきている。
「勇者の家と聞いたら普通豪邸を想像するよな。我が勇者一族も、魔王を倒してから500年間くらいはいい生活ができていたらしい。でも段々と王国からの援助が打ち切られていって、今は何の援助も受けていない。残っている財産はこのボロ屋と、何の価値もない森だけだ」
「あっ、それは酷いですね。勇者様は人類のために頑張ったのに」
「喉元過ぎれば熱さを忘れる、だ。そんな愚かな人類の目を覚させよう、俺たち2人でな」
「……あっ、はい」
「そのためにはまず飯だな」
俺は玄関ドアを開ける。ドアを開けると、すぐ目の前に妹のランチャが仁王立ちしていた。いかにも不機嫌そうな表情をしている。
「あ、あれ? ランチャさん、なんでいるんですか? 今日は仕事のはずじゃ」
「今日は仕事午前中だけ。昨日言ったでしょ。忘れたの? それよりアンタ、洗濯やってないみたいだけど」
「あっ」
ランチャは大きなため息を吐くと、
「無職なんだから家事くらいやりなさいよ。本当に使えないわね」
「ごめん」
「まぁ後でやってもらうからそれはいいわ。そんなことより、その子誰?」
ランチャは俺のすぐ背後にいるスウに視線を向ける。
し、しまった。仕事で不在だと思って完全に油断していた。ランチャにスウのことなんて説明しよう。
俺が黙り込んでいると、ランチャはスウに歩み寄る。
「随分汚れているわね。ん? この子ーー」
ランチャの表情がみるみる曇っていく。ツノを見てスウが魔族であることに気付いたらしい。きっと第2の魔王育成計画もすぐに知られてしまうだろう。ランチャの性格を考えると、絶対反対されるよな。下手をしたら家を追い出されるかも。あー、最悪だ!
「首輪が付いているじゃない! この子、奴隷なの!?」
そっちかーい。俺はほっと胸を撫で下ろす。
しかしランチャは俺に詰め寄ると、
「なんで奴隷がいるのよ!」
「もちろん買ったんだよ」
「お金はどうしたの? まさか借金なんてしてないでしょうね」
「それは大丈夫。俺のお小遣いで買えた」
「お小遣いで買えたの!? まぁ借金していないならいいわ。それよりなんで奴隷なんて。あ、まさかーー」
今度こそバレたか!
「エッチなことをしようとしているんじゃないでしょうね! いくらモテないからってこんな幼い子に手を出すなんて、サイテー!!」
「バ、バカ! そんなわけないだろ。俺はおっぱいの大きい大人の女性が好きなの! こんなペチャパイ興味ない!」
「じゃあなんで奴隷なんて買ったのよ」
「そ、それは……」
「ほら、言えない。やっぱりエッチなことが目的なのね。この子はもとの奴隷商人に返してくるから。ほら、もう大丈夫よ。こっちおいで」
ランチャはスウに優しく微笑む。しかしスウは俺の腕にしがみつくと、イヤイヤと頭を振った。
「……あっ、帰りたくありません。帰ったらまたたくさんぶたれます」
「えっ、ぶたれる? キハダ、一体どういうことなの?」
俺は少し考えると、
「実はこの子、名前はスウって言うんだけど、奴隷商人からひどい虐待を受けていたんだ。殴る蹴るは当たり前、ご飯もろくにもらえない。それで見かねた俺が、有金はたいて買ったんだ。それしかスウを救う方法もなくてさ」
よし、うまい具合に美談にまとめられた。
しかしランチャは疑いの眼差しで、
「え〜、キハダがそんな良いことするかしら?」
「俺は勇者だぞ! 困っている人を助けるのが当然だ」
「にわかには信じられないわね」
するとランチャは腰を屈めてスウに目線を合わせると、
「こんにちは、スウちゃん。私はこのバカーーキハダの妹のランチャって言うの。よろしくね」
「あっ、よろしくお願いします」
「お姉さんに本当のことを教えてくれるかな?」
俺はスウにアイコンタクトを送る。頼む! 第2の魔王育成計画には触れず、俺の話に合わせてくれ!
スウほ小さく頷くと、
「あっ、ご主人様はスウを助けてくれました。怪我も治してくれて、とても優しい方だと思います」
「……どうやら本当みたいね。キハダもたまにはいい事するじゃない」
「ま、まあな。そんなわけでスウは他に行くところがないんだ。この家に住まわせていいか?」
ランチャは本日何度目かわからない大きなため息を吐くと、
「……仕方ないわね」
「やった――! ありがとう、ランチャ! 流石勇者の妹だな」
「ただし! スウちゃんの生活費はキハダ、アンタが稼ぎなさい」
「えっ、そんなの無理だよ! 勇者として鍛錬はしなくちゃいけないし、スウの第2のーー」
俺は慌てて口をつぐむ。危ねぇ、口が滑るところだった。しかしランチャは疑いの眼差しで、
「スウちゃんの、何よ?」
「な、なんでもない! 兎に角俺は忙しいんだ。仕事なんて無理だ」
「あのねぇ、ウチはそうじゃなくても家計が火の車なの。私のお給金だけで3人暮らしていける余裕はないのよ」
「う……」
俺は悩む。本音を言えば勇者業以外はやりたくない。しかしスウがいなければ勇者業はできないし。うーむ。
「……わかった。1年以内に仕事を始めるよ」
「1年?」
ランチャの顔が魔王も裸足で逃げ出すくらい怖く歪む。これはダメなヤツだ。
「半年!」
しかしランチャの顔は怖いままだ。くそ、まだ譲歩する必要があるのか。
「さ、3ヶ月!」
まだ怖い。
「2ヶ月!」
あ、少し表情が柔らかくなった。もう一押しってことか。しかし俺の限界も近かった。持ってくれよ、俺の体!
「――1ヶ月だ! これ以上は短くできない」
「わかったわ。1ヶ月ね。期限を過ぎても仕事を見つけられなかったら、スウちゃんは奴隷商人に返すし、アンタはこの家から出てってもらうから」
「え、なんで俺まで!」
「当たり前でしょ。むしろ今まで養ってあげていたことに感謝して欲しいくらいだわ」
ぐぬぬ、完全に墓穴を掘ってしまったようだ。しかし1ヶ月か。今まで職歴もない俺がそんな短期間で仕事を見つけられるだろうか。
するとスウが俺の顔を覗き込んできた。真紅の瞳は不安のせいかうっすらと涙で潤んでいる。
そうだよな、俺には成すべきことがあるんだよな――。
俺はスウの頭を優しく撫でてやると、こう高らかに宣言した。
「いいぜ、1ヶ月で就職してやらぁ!」
全ては第2の魔王討伐後のチヤホヤ&ハーレムライフのために!!