第4話 勇者、交渉する
俺たちは帰路についた。
奴隷魔族が俺の後をついて来る。しかし足が遅いな。俺は足を止め、奴隷魔族を観察する。歩き方がおかしい。右足を引きずっている。
「おい、その足はどうした?」
奴隷魔族はびくりと全身を震わすと、
「あっ、も、申し訳ありません。じ、実は昨日、前のご主人様に棒で殴られて怪我をしてしまいました」
よく見ると、体のあちこちに擦り傷やあざがあった。……なんとなくそうでないかと思っていたが前のご主人様に随分虐められていたようだな。
「おい、お前! 人間が憎いか?」
「あっ、め、滅相もありません! に、人間様は偉くて立派で、それで――」
「無理しなくていい。本当のことを言え。これは命令だ」
奴隷魔族はしばらく考えると、俺の目を真っ直ぐ見つめてこう言った。
「あっ、にく、憎いです」
真紅の瞳は怯えているせいか少し潤んでいるが、その中には憎悪の影が潜んでいる。
俺はほくそ笑む。俺が笑ったのを見た奴隷魔族は全身を大きく震わすと、ペコペコと何度も頭を下げ始めた。
「あっ、ご、ごめ、ごめんなさい! 何でもしますから、ぶたないで下さい!」
「ん? 今なんでもするって言ったよな?」
「あっ、はい」
「ならば命令だ。お前は魔王になれ」
「あっ、分かりました。……えっ?」
「人間が憎いんだろ? ならば人類の最大の敵、魔王になって世界征服をしろ」
「あっ、別にそこまでは、に、憎くありません」
俺は奴隷魔族に手を伸ばす。彼女はぎゅっと瞳を閉じて両手で頭を覆うと、
「あっ、ごめ、ごめんなさい! ぶたないで!」
無視して、奴隷魔族の右足に触れた。触れたところが淡く輝き、赤黒い腫れが徐々にひいていく。
「あっ、痛くない」
「治癒の魔法だ。他にも傷とかあざ、体の悪いところは全部治したぞ」
「あっ、す、すごいです!」
奴隷魔族は尊敬の眼差しで俺を見る。こんな風に褒められるのは何年ぶりだろうか。俺は気恥ずかしくなり、奴隷魔族から目を逸らす。
「俺は勇者だからな、当然だ」
「あっ、勇者様? なんで勇者様が魔王を?」
「それには色々事情があってな……」
奴隷魔族に俺の現状と第2の魔王育成計画について説明した。奴隷魔族は涙目になると、
「あっ、わ、私、ご主人様に殺されちゃうんですね」
「うっ、そう言われればそうだな……」
ちょっと可哀想かも。俺は少し考えると、
「安心しろ、命まではとらない。どこか遠くに逃してやる。それに王様に報奨金がたくさん貰えるだろうから、その2割をやるよ。赤い屋根の小さな家でも建てて、静かに暮らせるぞ。憎い人類に一泡吹かせられる上にその後の生活まで保証される。悪い話じゃないだろう?」
「あっ、で、でも魔王なんて務まるでしょうか? チビだし、ノロマだし、バカだし……」
奴隷魔族は俯いてしまった。随分と自信がない娘だ。今まで奴隷商人に虐められていたから、それも仕方ないことか。
しかしここで断られてしまうことは避けたい。他に伝手もないしな。
「安心しろ! どこに出しても恥ずかしくない最強の魔王に俺が育ててやる! 魔法、体術、立ち振る舞い、魔王に必要なことは全部手取り足取り教えてやるからさ」
「あっ、でも、物覚えが悪いから、すごくすごく時間がかかってしまうかもしれませんよ」
「大丈夫だ! どんなことがあってもお前を見捨てたりはしない!」
俺は奴隷魔族を真っ直ぐ見つめる。なぜか彼女は頬を赤らめると、こう呟いた。
「……あっ、分かりました。魔王になります」
「それは良かった! いや〜助かるぜ。これからよろしくな、えーと? そういえば名前聞いてなかったな」
「あっ、名前はありません。前のご主人様、前の前のご主人様には、オマエとかウスノロとかクズとか呼ばれていました」
「そうか、名前がないと不便だな。どうしよう」
「あっ、ご主人様が名付けて下さい」
「えっ、いいのか?」
「あっ、はい。ご主人様に名付けて欲しいです」
「そこまで言うなら名付けてやろう。うーん」
名付けなんて初めてだから迷うな。やはり魔王らしく強そうな名前? いや女の子だから少しは可愛らしさも欲しい。俺は少し悩むと、
「スウ、っていうのはどうだ? 先代魔王の名前が『スヴァルト』だからそこから取ったんだけど」
「スウ……あっ、可愛い名前ですね。嬉しいです」
「気に入ってくれたか。じゃあ改めてよろしくな、スウ」
俺は右手を出す。スウは少し躊躇したが俺の右手を強く握ると、
「あっ、はい。よろしくお願いします、ご主人様」
ぐー、きゅるるる。
なにか獣のうなるような音が響いた。モンスターか? 俺は身構える。すると、スウが俺のシャツの裾を引っ張り、
「あっ、今のはスウのお腹の音です」
「そういえばもう昼ごはんの時間か。金もないから、家に帰って何か食べよう」