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第3話 勇者、奴隷を買う

「お兄さん、ちょっと見ていかない? 可愛い娘が揃っているよ」


 裏路地をトボトボ歩いていると、スーツ姿の若い男が話しかけてきた。

 これはいわゆる、客引きというヤツか。しかもこの誘い文句、エッチなお店に違いない!

 いつもなら無視するところだが、この時の俺はなんだか人恋しくて、つい答えてしまった。


「へえ、おっぱいの大きい娘はいる?」


「もちろん! あ、気に入った娘がいなかったら買わなくも大丈夫だから。見ていくだけ見ていってよ」


「……じゃあ行ってみようかなぁ」


「1名さまご案内〜」


 客引きの男に案内されたのは近くの古い雑居ビルだった。看板もなく、人の気配が全くしない。俺は少し不安になる。


「店は地下にあるから。じゃあ俺はこれで」


「あっ、ちょっ!」


 俺が引き止めるのも無視して、男はさっさとその場を後にした。

 残された俺は、仕方なく1人で階段を降りる。階段は暗く、ジメジメしていて、人間1人がやっと通れるかというくらい狭い。


 カツーン、カツーン


 足音が反響する。階段を一段降りるたびに、俺の心は暗くなっていく。この階段の下にあるのは本当にエッチなお店なのか? もしかして地獄なんじゃないか――。


 そんなアホなことを考え始めた頃、階段は終わり、目の前にドアが現れた。やはり看板や張り紙といった類のものはなく、ひどく無機質な汚れたドアだ。

 俺は深呼吸をすると、ドアノブに手をかけた。


「いらっしゃいませ!」


 ドアの向こうで待ち構えていたのは、不健康にぶくぶく太った中年の男だった。男は揉み手しながら、


「今日はどのような奴隷がご入り用で?」


「ど、奴隷?」


 あたりを見回すと、いくつも大きな檻が置かれていた。檻の中には獣人が何人か入っていて、みんな首輪を付けている。

 なるほど、看板がないのはここが奴隷市場だったからなのか。最近は人権団体がうるさいらしいからなぁ。エッチなお店じゃなくて少し残念だ。


「で、どんな奴隷がいるんだ?」


「はい、こちらの奴隷なんていかがですか?」


 奴隷商人が指差したのは猫耳の獣人だった。17歳くらいだろうか、目茶苦茶美少女だ。なによりおっぱいがでかい! 俺は一瞬で虜になった。


「気に入られましたか? こちらの奴隷は昼はメイドとして働かすことができます。それにーー」


 奴隷商人は手招きをする。耳を差し出すと、彼はこう耳打ちしてきた。


「ーー夜は性奴隷として奉仕させることもできます」


 せ、せ、せ、性奴隷だと!! こんな美少女とあんなことやこんなことができちゃうの??

 頭が沸騰する。

 奴隷商人は営業スマイルを顔に貼り付けると、


「この奴隷、非常にお求めやすい価格になっておりまして、なんと1000万ジョーヌでございます」


 その瞬間、頭が氷点下まで冷え切った。1000万ジョーヌって家が買える値段じゃないか! 500ジョーヌだぞ。


「やっぱいいっす」


「そうでございますか。他に気になる奴隷はいますか?」


 檻を見渡す。若い女はもちろん若い男もいる。俺ほどではないがなかなかの筋肉質で、力仕事に使えそうだ。ま、どっちにしろ俺には縁が無いだろう。


 その時、1人の奴隷と目が合った。檻の1番奥で体育座りしている。暗くて顔はよく見えないが、鮮血のように真っ赤な瞳が怪しく輝いている。

 俺は強いから滅多にビビることはないが、思わず背筋が凍った。怖いのになぜか目が離せない。それになぜだろう、あの瞳を昔から知っているような気がする――。


「お客さま、あの奴隷が気になりますか?」


 奴隷商人の声で我に帰る。運動をしたわけでもないのに全身汗びっしょりだった。俺はびびっていたことを気付かれないように答える。


「あ、ああ。ちょっと気になって」


「そうですか。では近くで見てみますか?」


「!? いや、別に大丈夫」


「ご遠慮なさらずに。呼びますので、少々お待ちを。ほら、お前! お前だよ! こっちに来ないか!」


 俺と話していた時と打って変わって、奴隷商人は怖い声で奴隷を怒鳴りつけた。おそらくこっちがこの彼の本性なのだろう。

 まあ、そんなことはどうでもいい。あの恐ろしい瞳の持ち主がこちらへゆっくりと近付いてくる。逃げ出したかったが、まるで金縛りにあったように動けない。俺は堪らず、ぎゅっと目を閉じた。


「あっ……こ、こんにちは」


 少しの風が吹いたくらいでかき消されそうなほど、か細い少女の声。俺は目を開ける。目の前には10歳くらいの少女が立っていた。

 泥や垢で汚れた褐色の肌、膝まで伸びた灰色の髪の毛はあちこちで絡まりボサボサだ。かなり小柄で手足は枯れ枝のように細い。他の奴隷は小綺麗なのになぜこの娘だけ? その疑問の答えはすぐに分かった。


「つ、角が生えている」


 そう、頭から2本角が生えていた。それは太く、羊みたいに大きくカールしている。この2本の角が意味することはーー。


「この娘、魔族です」


 奴隷商人が吐き捨てるように言った。

 魔族ーーそれは魔王を輩出した恐ろしき種族。魔力と知能が高く、残酷な性格とされている。近年数が減っていると言われているが、まさかこんなところにいるとはな。


「格安で仕入れたんですけど気味悪がって誰も買いやしない。トロいし要領は悪いし、何の役にもたたない。全く、とんだ不良債権ですよ」


 奴隷商人は何やらぺちゃくちゃ話しているようだが、俺の耳には何も入って来なかった。


 この魔族の娘は人類を憎んでいる。見れば分かる。奴隷商人に日々虐待されているのだろう、こんなにボロボロで痩せこけているじゃないか。このまま成長したら、第2の魔王になって人類を攻撃するかもしれない。そうなる前に俺がーー。


 そう思い、右手を強く握りしめた時だ。俺は気が付いてしまった。別に殺す必要はないんじゃね? と。

 むしろ今の俺には第2の魔王が必要だ。第2の魔王さえいれば勇者は安泰なのだから! 


 この子はこのまま生かしておこう。だが、この環境で大丈夫か? 栄養状態は悪いし、奴隷商人からは虐待されるしで下手をしたら死んでしまうかもしれないぞ。


 そうだ! 俺がこの魔族を保護して第2の魔王に育てればいい!


 思い付いてから俺の行動は早かった。


「おっさん、この奴隷売ってくれ!」


「ええっ、それは本当ですか?」


「でも実は俺、あんまり持ち合わせがなくて。分割払いとかでいいか?」


「そんな、とんでもない! むしろ引き取って頂けるなら、こちらがお金を払いたいくらいですよ」


「いや流石にそれは悪い。これ、俺の有り金。500ジョーヌで売ってくれ」


「喜んで! いや〜、助かります」


 それから奴隷商人に言われるまま、俺は書類にサインをする。


「これで手続きは完了です。ありがとうございました」


「いやいや、俺のほうこそ礼を言うよ。いい買い物ができたからな」


 俺は笑顔で奴隷商人と握手する。

 奴隷商人は奴隷魔族を檻から出すと、俺に引き渡した。


「この方がお前の新しいご主人様だ。くれぐれも粗相のないようにな」


「あっ、はい。よろしくお願いします、ご主人様」


 奴隷魔族は大きく頭を下げた。

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