第2話 勇者、職質される
昼前、俺は町を歩いていた。
きちんと舗装された道路には車が行き交い、鉄筋コンクリート製の背の高いビル達、人々は時折手元の携帯電話を操作する。
勇者が魔王を倒してから千年経ち、この世界はすっかり便利になった。しかし、いつ何時第二に魔王が現れるか分からない。だから第49代目勇者の俺は毎日欠かさず、町をパトロールしているってワケだ。
うむ、今日も特に変わりなし。平和だ。いや、少し平和すぎないか? もっとなんかこう……少しあってもいいんじゃないか? 魔王が攻めてくるとか。いや、魔王自ら町を襲うのはリアルティがないよな。魔王の部下の強いモンスターが暴れるとかさぁ。みんなが勇者の活躍に感謝する的な展開が!
「ちょっといいですか?」
背後から声をかけられた。ついにこの俺に助けを求める人間が現れたか!? いいぜ、この第49代目勇者が救ってやらあ!
俺は勢いよく振り向いた。しかし立っていたのは、2人組の警察官だった。
な、なんで警察官が?? ぽかんとしていると、片方の警察官が話しかけてきた。
「ここで何をやっているんですか?」
「え、ええと、パトロールを」
「パトロール? 失礼ですが、ご職業は何ですか?」
ここでようやく自分が職質されていることに気が付いた。どうやらこの警察官達は俺のことを知らないらしい。この町に来たばかりなのだろうか?
まあいい。俺の正体を知ったら、きっとひっくり返るぞ!
俺はキメ顔でこう言った。
「職業はーー勇者です」
決まったぜ!
「ぷっ……はははは!」
警察官達は腹を抱えて笑い出した。えっ、ここ笑うところじゃないんだけど!
「面白い冗談ですね。で、本当の職業は?」
「勇者です」
「もうそれはいいですから」
「だ・か・ら、勇者って言っているじゃないか!」
すると警察官達は妙に優しい笑顔を浮かべると、
「あー、そうなんですか。勇者ね、はいはい。立派な職業ですよね」
「ようやく分かってくれたか! そうそう、本当に立派な職業なんだよ」
「いやー、勇者様に会えるなんて感激ですよ」
「はっはっは、それほどでもあるかな。まあ勇者には劣るが、君たち警察官も平和を守る職業だ。お互い頑張ろうな」
俺は警察官の肩を叩くと、その場を後にした。褒められたせいか気分がいい。最近は妹に罵られてばかりだったからなぁ。
と、警察官達が俺の前に立ち塞がった。
「まだ話は終わってないですよ、勇者様」
「な、なんだよ」
「勇者様には私たちと一緒に警察署まで来てもらいます」
「はぁ?」
「実は最近この町で空き巣が多くてですね。勇者様にはその件について詳しく話を聞きたいんですよ」
「空き巣ぅ? 俺には関係ないぞ。俺は忙しいんだ、どいてくれ」
しかし警察官に両腕を拘束されてしまう。
「俺は勇者だぞ、無礼じゃないか! 今すぐ離せ」
「いい加減にしろ! なにが勇者だ、この不審者! こんな平日の真昼間に町をブラブラしているなんて怪しい以外の何者でもないだろ!」
「仕方ないだろ! 今は魔王がいないんだから、暇なんだよ!」
「兎に角、警察署に来い! 話はそれからだ」
何という職権濫用。国家権力はいつからこんなに腐敗してしまったのか。
俺は警察官の手を振り解くと、全速力で走り出した。
「待て!」
警察官達が追いかけてきた。しかし普段から鍛えている俺の脚力について来れるはずはなく、あっという間に警察官達を撒く。俺は路地裏にまで来ると足を止めた。
「はぁはぁ……。ここまでくれば大丈夫だろう」
パトロールの途中だが、これ以上歩き回るのは危険だ。今日はもう家に帰ろう。表通りは警察官がいるかもしれないから裏通りで帰るか。
薄暗く、人気のない裏通りを歩いていると色々考えてしまう。妹のランチャやさっきの警察官。
どいつもこいつも馬鹿にしやがって! 俺は勇者だぞ! 偉いんだぞ! 俺がいなかったら第2の魔王は誰が倒すんだ!
『千年経ったのよ! もう第二の魔王なんて現れないわよ!』
ランチャの言葉が脳内で反響する。急に俺は激しい不安に襲われた。
ランチャのいう通り、このまま第2の魔王が現れなかったらどうなってしまうのか。俺はただの職歴なしの糞ニートだ。このまま女の子にもモテず、童貞のまま生涯を終えるかもしれない。
いや、無事に生涯を終えるならまだ幸せだ。ランチャももう年頃だ。顔だけはいいからそのうち男と結婚するかもしれない。そうなったら俺を養うことをやめてしまうだろう。行き着く先はーー餓死だ!
そんなの嫌だ!
第2の魔王をカッコよく倒して、みんなからチヤホヤされて、妻は10人くらい欲しい! ハーレム万歳!
そのためには、なんとしても第2の魔王に現れてもらわなくてはいけない。一体どうやって? 千年も音沙汰なしだぞ。