第1話 勇者、罵倒される
俺の朝は早い。日の出と共に目が覚める。ベッドから飛び起きると、そのまま狭い自室で筋トレを開始する。
「ふん! ふん! ふん!」
目にも止まらぬ超絶スピードで腹筋をしていく。俺より速く腹筋をできる人間はこの世にいないだろう。あっという間に腹筋1万回を終了し、汗ばんだ上着を脱ぎ捨てた。
部屋にある巨大な鏡に自分を映す。
金髪碧眼、ぱっちりとした二重に高い鼻。俺が女の子だったら一目惚れしちゃいそうなレベルのイケメンだ。
それになによりこの筋肉! 腹筋は美しく6つに割れているし、腕を曲げると大きな力こぶができる。
顔もスタイルも完璧だ! なぜ女の子にモテないんだろう。不思議だなー。
おっと、それよりなぜ俺が体を鍛えているかだよな。その答えは俺の右手甲にあるアザにある。羽根の生えた剣に見えないか? これは勇者の紋章だ。この紋章が刻まれたこの俺、キハダ・ゴールデンソウルは第49代目勇者である!
ご先祖様、初代勇者は魔王を倒した。しかし魔王は「第二第三の魔王が現れる」と遺言を残した。俺の役割はいずれ復活するであろう第二の魔王から世界を守ることだ。だからこうして過酷な修行に明け暮れているというわけ。っかー! 俺、最高にカッコいいぜ!
「鏡見ながらなにニヤニヤしてるの?」
驚いて振り向くと、妹のランチャが仁王立ちしていた。俺と同じ金髪碧眼、長い髪は高い位置でポニーテールにしている。一見すると美少女だが、その本性は実に恐ろしい。その証拠に、俺を見る目がゴミムシを見るように冷たい。
「な、何勝手に入ってきているんだよ! ノックしろっていっただろ!」
「うるさいわね。アンタ、私に命令できる立場なの?」
「さっきからなんだその態度は! おっぱいと態度ばかりでかくなりやがって! もっと俺を敬え!」
「敬う? なんでよ?」
「だって俺はお前の兄、その上勇者なんだぞ! 敬う要素しかないじゃないか」
「……わかった。敬ってあげる」
「おお、分かってくれたか!」
「ええ、では勇者様。ひとつお願いがあるんですけど」
「うむ、勇者の俺に叶えられぬ願いなどないぞ。さ、言ってみろ」
ランチャは右手のひらを差し出すと、
「今月の生活費下さい」
次の瞬間、俺は床に這いつくばっていた。
「勇者様、そのポーズはなんですか?」
「土下座です。なんでも東の島国では最敬礼にあたるポーズらしいです…」
「はぁ、そうですか。そんなことはどうでもいいので、今月の生活費を下さい」
「…ください」
「は? 声が小さくて聞こえませんけど」
「勘弁して下さい! お金ないです!」
はぁ、と頭上で大きなため息の音がした。
「アンタ今年で何歳よ」
「……22歳です」
「22歳にもなって無職・職歴無しで恥ずかしくないの?」
「だって鍛錬で忙しくて、仕事なんてできないし……」
「いい加減にして!」
ランチャが声を荒げたので、思わず顔をあげる。彼女は今にも泣き出しそうな顔をしていた。
「千年経ったのよ! もう第二の魔王なんて現れないわよ!」
「そ、そんなことはない! 今年中、いやもしかしたら明日第二の魔王が現れるかもしれないし……」
「そんなわけないでしょ! この糞ニート! 穀潰し! うんこ製造機!」
「うわっ! 蹴るな!」
「鍛えているから痛くないでしょ! 我慢しろっ!」
「まあ痛くはないけど、その、色々見えちゃってるぞ。しかし白か。もう18歳なんだからもっと大人っぽい色がいいと思うぞ」
ランチャの顔が真っ赤に染まり、短いスカートを押さえる。
「こ、この変態っ!」
「見せてきたのはそっちだろ」
「……もういいわ。仕事に行ってくる」
ランチャは俺から背を向けると、ドアに向かって歩き出した。勝った! 俺は小さなガッツポーズをする。
ランチャはドアの前で歩みを止めると、
「……そう言えば、真向かいの家のトム君のこと覚えている?」
「え? ああ、昔よく遊んだっけなぁ」
「先月2人目の子供が生まれたってさ。それだけ」
バタン!
ランチャがドアを閉じる。部屋に1人取り残された俺は頭を抱える。
どんな暴言よりも、同級生のそういう話題の方が傷付く年頃だぜ………。