私を追いかける青い鬼のようなもの
あれは私が中学2年生の頃のことでした。
私が通学路を家に向けて歩いていると、何かが後ろをついて来ているのを感じたんです。
季節は確か、秋でした。
まだそんなに遅い時間でもなかったのに、空は真っ赤になっていて、逢魔ケ時という言葉が似合う雰囲気に辺りは包まれていました。
最初は『犬かな?』と思いました。
『犬だったらいいな、仲良くなりたいな』と──
でも噛む犬だったら嫌だな、怖いなと思いながら、チラチラと振り向いて見ました。
私が後ろを振り向くたびに、それが明らかに隠れるのがわかりました。電柱の陰に、ゴミ箱の後ろに──信じられない反射神経で、私から姿を隠すのです。
走って逃げようとしても、足が竦んで動きません。
相手のほうが足が速かったらどうしよう──
迂闊に動かないほうがいいような気がして、歩調を変えずに歩き続けました。
ふと、少し前に読んだ、水木しげるの『妖怪図鑑』にあった、べとべとさんという妖怪のことを思い出しました。
後をついてくるだけで、べつに何の危害も与えてはこない妖怪。
ついてこられるのが嫌だったら立ち止まり、「べとべとさん、お先にどうぞ」と言えば追い越していってくれると書いてありました。
私は足を止めると振り返り、少しおおきな、しかし震える声で、言いました。
「べとべとさん、お先にどうぞ」
しぃん……
音がなくなりました。
世界にある音はすべて私の呼吸音と心音ばっかりで、それ以外の音はすっかりなくなりました。
口を閉じると、自分の鼻息がばかみたいでした。
「ばかみたい……」
思わず呟きました。
「気のせい、気のせいだよ。……帰ろう」
そうして家に向かってまた歩き出そうと前を向きかけた時、左肩の後ろに何かが見えました。
「あっ?」
私は再び振り向き、口にしました。
「青? 青いの見えたよ?」
「見タナ」
そう言いながら、ゴミ箱の後ろから、背の低い、青いものが一匹、姿を現しました。
「見タナ? 見タナ? 見タナ?」
それは頭に一本ツノの生えた、小学四年生の男の子ぐらいのおおきさの、青い鬼のようなものでした。ただ、絵本に出てくる青鬼よりも、昆虫に似ていました。
細くて筋張っていて、目はありませんでした。牙の生えたちいさな口が裂けるように開いて、五寸釘をもった腕を振り上げて、私に襲いかかってきました。
私の足は勝手に走りだしました。
自分でも信じられないようなスピードで、顔は後ろを向きながら、悲鳴をあげて走り続けました。
鬼のようなものは追いかけてきました。
短い脚を地面から浮かせるように、飛ぶように追いかけてきます。
私は助けを求めて大声で叫びました。
周囲は住宅地なのに、誰も顔すら覗かせませんでした。
「ママ! ママ!」
家はもうすぐそこのはずなのに、なかなか辿り着きませんでした。
「ばぁちゃん! 助けて!」
鬼が五寸釘を振り上げて、私の頭上にむかって飛び上がりました。
その尖った先が、私の額をめがけて、まっすぐ振り下ろされるのを私は見ました。
「おい? 何してる?」
そんな声が、路地のむこうから夕焼け空に響きました。
見ると、国語の重原先生がそこにいて、こっちを睨むように見ていました。厳しい声が優しく聞こえました。
見ると青い鬼のようなものは消えていました。さっきまで私の額めがけて五寸釘を打ちつけようとしていたのに、まるで幻だったように、いなくなっていました。
先生が歩いてきて、私の名前を呼びました。
何をしていたのかと聞かれ、私は何も答えられずに、大嫌いな父親の代わりというように、先生の胸に抱きつきました。
ふいに、重原先生の声が、私の上から降ってきました。
「このことは……誰にも言うなよ?」
気のせいか、その声がさっきの青鬼の声に似ているように聞こえました。
「誰にも言うな。わかったな?」
そして私の額を指先でコンと一回叩くと、くるりと背を向けて、どこかへ行ってしまいました。
私は辺りをキョロキョロと見回して、自分を守るように鞄を抱いて、急いで家に帰りましたが、それっきりあの青い鬼のようなものは姿を見せませんでした。
先生に言われたからでしょうか。
私はその後、今までずっと、そんなものに追いかけられたことを誰にも言いませんでした。
お墓の中まで持っていくつもりです。
明日、私は中学校を卒業します。
重原先生とは結局あれから何もありませんでした。
あの青い鬼のようなものは何だったのでしょう。
考えてもわかるものではありません。
ただ、誰にも話すつもりはありませんが、中学校を卒業するにあたり、ふいに誰かに聞いてもらいたくなって、今日、こうして小説投稿サイトにあの話を投稿してみる気になりました。
信じてもらえなくても構いません。これは実際にあった話です。
心当たりのある方がいらっしゃいましたら教えてもらえませんか。あれが一体、何だったのかを──
駄文、失礼しました。
= = = =
その夜、投稿主は布団の上で、額に五寸釘を刺されて死んでいた。
闇は薄青く、光の消えた投稿主の瞳は白く、その瞳は天井をまっすぐに見つめ、部屋には他に、誰もいなかった。




