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似非剣豪短編小説、剛腕鬼編。

作者: 茶屋ノ壽

 某、それがし、拙者、せっしゃ、俺、私、自分、呼称はその時々で変えていく、千の偽名を持つ男とか呼ばれることもあるのかも知れず。

 剣豪なり、侍なり、まあそんなものとして名を売ろうというやり口には真正面から背いている、戦略ではあるが、今日明日の食と宿が間に合えばそれでよしとする、気楽で行き当たりばったりな生き方にはふさわしい巫山戯方ではなかろうかと、自画自賛。


 論語も誦んじれんくらいの無学ではあるが、人の話を聞くことは好きであり、特に老人の与太話は、それに付き合うことによって何某かを奢ってもらえるのでしょっちゅう聞き役に回っていたりもする、適度に相槌を入れる、それが、気持ちよく一節唸らせられるコツである。

 相槌を入れさせたら右に出るものはいないのではないかというくらいの名人芸と、自負していたりもする。

 いやこれはまあ、そのやり口は侍と言えないのではなかろうかという気もするが、何、ただ感情のままにやっとうを振り回すよりは余程世間に溶け込めるのではなかろうかと思う。


 腰に刀を履いではいるが、これはまあ、いわゆるはったり道具である。

 この鈍い光を放ちそうな、人斬り包丁を抜かせたら危ない、と周囲に思わせて、だから、こっちにちょっかいをかけるなよ、という、脅し以上の役目を担うことは、滅多にはない。

 昨今情勢が不安定であり、あちらこちらで、小競り合いがある世の中であるが故に、自衛の手段として最適ではなかろうかと、目論んでおる。


 三尺を少し超えるくらいのやや長めな刀である、元々ナタにも使えるとよかろうという、変態型であるが故に、幅広で分厚く、ひじょうに重い。

 其のきっさきは鈍く、刺突には向かないし、刃の背も釘が打てるほどに太い。正しくナタを大きくしただけであるのではという形状をしているが、一応、新鋭気鋭の刀鍛冶親父によると、刀であるらしい。


 重さと、一般な刀とは違い過ぎる形状で、普通の剣術やら武芸やらを学んだものにとっては使いにくいと嫌厭されて、鍛冶場の隅に転がっているのが定位置であり、そのうちにいつぶして材料にしようかとか言っていたものを、前の刀をお釈迦にしかけていたわしが、安く手に入れたという流れである。

 割引の条件として、使用の塩梅を後で知らせてくれと言われていたので、年の暮れあたりにはまたその鍛冶場を訪れようと思っている。


 肝心の使い心地だが、これはもう、えらくはったりがきく、長さはやや大きめの刀といった感じではあるが、とにかく分厚く重く物騒な印象を衆目に晒していく。

 さらには、使い手である私の身体がかなりの大柄であることもあって、のっぴきならない物々しさを演出することができる。


 さらにこの持って生まれた凶相である。


 強面というか、贔屓目に見ても、人攫いか山賊にしか見えず、正当に評価するならば、妖か、悪鬼羅刹かという面構え。愛想の良い岩石とも言われたことがあるが、そういう相貌との相乗効果もあり、こいつは怒らせたらいかんやつであると、勝手に思い計ってもらえるので、滅多にその大鉈刀をふるうこともなかった。


 そう、ふるうこともなかったのであるがなぁ。


 現実から逃避するように思考を回しておいたわけであるが、目の前に迫る槍衾を前に流石に対処せねばならぬと身を捻り、同時に、両手で握った大鉈刀を縦横に振るい、まとめて数本の穂先を切り飛ばしそのままの勢いで、前へと踏み込み、足裏で槍を潰されて体勢を崩したやつばらをつき飛ばし、踏み潰し、駆け抜ける、行きがけの駄賃とばかりにぐるりと大鉈方を縦に回し、ごいんと鈍い音とともに、鉢金をつけた頭を叩き飛ばす。


 朝靄が晴れつつある竹林混じりの山林で、槍やら弓やら脇差やらで武装した奴輩と、うっかりばったりかちあったり、いやほんとびっくり。


 何某かの合戦準備、陣の裏を取るために大回りをしていた兵の郎党であったかと。藪の中下草茂獣道を掻き分けて進んでいたそれらと、ものの見事に鉢合わせしたのである。どうやらこちらは敵対している勢の斥候と思われているか、もしくは、山奥から出てきた妖の類と思われているのか、まあ、腰の退けている様を見ると、悪鬼羅刹と遭遇したと見てとられているみたいではあるが、それでもあちら側は、恐怖まじりではあるが、やる気であるようである。


 それはそうであろう、おそらくは、密かに伏兵として動こうとしていたのであろうから、目撃された相手を片付けてしまわなければ、戦働きに悪影響が出る、こちらは見たところ一人であり、あちら側は少なく見積もっても、十数人、それはまあ、やりにくるわなぁ。


 今さら問答も無用であるかと、あっさりと平和的な対応をあきらめる。そして、私の討伐を諦めさせるために、一当て脅して、一目散に逃げるしかあるまえと、腹をくくる。


 ただ、背を向けて天に運を任せて走り去ることは、これはまあ、ちょっと難しい。


 追われながらでは斬り合いが難しく、さらにいうならば、後ろは切り立った崖が聳えているからである、いやまあ、なんでこんなところで出会うかね、不幸である、お互いに。


 益体もねえ思考を回しつつ、ぐんとやつばらの兵群へと突き進む、向かってくるとはおそらくは予想してこなかったのであろう、いささか混乱している中を、一息に間合いを詰めて、ひとつ、獣めいた咆哮を浴びせかける、それとともにぐるりと大鉈刀を横なぎに一閃、熊か何かがその腕で持ってして薙ぎ払うようなごとくの勢いで、当たれや幸と数人まとめて、轟音衝撃突貫ぶっぱ。


 いやあよく飛んだ。ひとなぎ四人、密かに新記録かもしれん。


 一息、新鮮な空気を飲み込んで、

 ぐるうりと、腰を抜かしてこけつまろびつ醜態を晒している奴らを、目ん玉かっぴいて睨みつけ、ぐわり、歯を剥いて笑って見せる。


 刃筋は立てたが、奴輩の鎧が頑丈さと大鉈刃の鈍さを考慮してぶち当てて、撃ち飛ばす、我ながら惚れ惚れするような剛腕ぶりである。


 この大鉈刀、ここまで重たいと突き飛ばしには便利であると、所感を後で新鋭気鋭の鍛治親父に伝えておかなければならんなと、心の帳面に書き記し、


 次の瞬間に、怯んだやつばらの中を走り抜ける。


 このわし、客観的に見て、妖か鬼か、獣のような挙動であるな、と思い内心苦笑しつつ、一目散に竹林まじりの林から森の中へと駆け込み逃げる。


 その剛腕で、全部切り捨てればよかろう?

 そんな面倒な上に恨みつらみがてんこ盛りになりそうなことやってられるか。


 やつばらは、恐怖に震えるというよりも、何かこの世のものとは思えない、ナニか冒涜的なものを見たという感じで呆然としている。その混乱混じりの気配が遠くなりつつあることを感じとりながら、尻に帆かけてすたこらさっさあらさっさと、


 逃げ切ったのであった。





 のちに聞いた話であるが、


 何某かの合戦場、その近くの山に、竹林巨木を見下ろす轟音剛腕な巨鬼が出たという。

 その身丈に見合う、巨大なナタを振り回し、某侍精鋭集団を八つ裂きにしてボリボリと喰らってしまったらしい。


 とっておきの話を自慢げご機嫌に丁々発止と外連味ふりまき語る老爺に、絶妙な合いの手を入れながら、色々と酒のつまみなどをご相伴に預かっているわけである。


 なるほど、これはこれで悪鬼羅刹な妖働きも回り回って飯の種となって戻ってきているなあ、

 情けは人の為ならず、とはこういうことであるなと、


 思った次第。




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