エピソード7
「う〜ん!これ、ほんっとうに美味しい!! 澪のはどう?」
「うん。美味しい。苺が、甘い。」
澪と朱莉は放課後、街のクレープ屋で並んでいた。澪の口元にはうっすらとクリームがついている。
「澪、頬にクリームついてるよ」
朱莉はティッシュで澪の頬を優しく拭う。
「……朱莉のほうも、ついてる」
澪は鞄をごそごそ探したが、ティッシュが見つからなかった。
「ふふ、私は自分で拭けるから平気」
「……なんか、ごめん」
「謝るとこじゃないってば」
街路樹の影にあるベンチで、二人は並んでクレープを食べている。朱莉の胸元でペンダントが光を弾き、それを見た澪はふと目を逸らし、残りのクレープをかじった。
通りを歩いていると、ショーウィンドウに大きな熊のぬいぐるみが並んでいるのが見えた。もふもふの毛並みに思わず足が止まる。
「わっ、見て澪!この子すっごく可愛い〜! お揃いにしない?」
澪の視線は、すでにぬいぐるみに釘付けだった。
「……買う」
二人は店に入り、それぞれ一体ずつ選んだ。朱莉は澪の瞳と同じ澄んだ青のリボンがついたものを、澪は朱莉の髪と同じ夕焼け色のリボンのものを手に取った。
サイズはかなり大きかったため、店から自宅への配送を頼んだ。澪が「持ち歩けない」とぽつりと言い、朱莉が笑って頷いたからだ。
「日も暮れてきたし、そろそろ帰ろっか」
「うん……なんか、頭の中がすっきりした感じ」
「気持ちの整理って、ちょっとは分かった?」
「……そういう意味だったの?」
「ううん、ただクレープ食べたかっただけ」
「……ふふっ」
澪がほんの少し微笑んだ。朱莉はその表情を見て、にこっと笑い返す。
その夜、澪は朱莉そっくりの熊のぬいぐるみをぎゅっと抱いて眠った。朱莉は自分のぬいぐるみを枕元にちょこんと置いて、同じように眠りについた。
──
澪は夢を見ていた。暗くて、でも妙に安心できる夢。何かに包まれているような、温かい感覚。
「ずっとこのままでいたい」
そんな思いが胸に浮かんだあと、急に大きく揺れて、冷たく眩しい世界に放り出された。意識がはっきりしてくる。
──白。天井。光る機械の音。白衣の人々。
そこで夢は終わった。
「あ、澪起きたんだ。今日は早いね!」
「んう……おやすみ」
「こらっ、寝たらだめでしょ!」
翌朝、澪は数学の授業中もどこかぼんやりしていた。窓の外の景色を眺めていた。
(あの木の下、あったかそう……お昼、あそこでお昼寝しよう)
「澪さん! この問題、解いて」
「……解きました」
「正解。だが、授業はちゃんと聞くこと!」
澪は静かに席に戻り、また窓の外へと視線を移した。
──
チャイムが鳴ると、澪は迷わずその木の下に向かった。
「すぅ……すぅ……」
微かな寝息が聞こえてくる。
そして、夢は再び始まった。今度は昨日よりも長く、鮮明だった。
青い光、身体にのしかかる倦怠感。倒れ込む感覚。目を覚ますと、白い天井とたくさんの医療機器に囲まれていた。
──目を開けると、澪は保健室のベッドにいた。窓の外はすっかり夜。
「あら? 起きた? 澪さん、すっかりお寝坊さんね」
保健室の先生が優しく笑う。
「……ごめんなさい。帰ります」
「もうこんな時間よ? 今夜はここで寝ていったほうがいいわ」
「……分かりました」
布団を引き寄せながら、澪はふと思う。
(……朱莉、心配してないかな)
小さな疑問が胸に浮かんだが、それ以上は考えずに目を閉じた。