エピソード6
「朱莉、まだいける?」
「うん、大丈夫」
澪と朱莉は基地へ戻り、教官の翔と作戦会議に臨んだ。
「戦力は?」
澪の声は冷たく、兵器の数を確認するような調子だった。
翔は図面を前に眉をひそめて言った。
「生徒60人中、生きてるのは15人。元・学園所属の戦闘員は100人来たが、もう40人しか残ってない」
「……足りない」
澪は視線を落とし、眉間に皺を寄せた。
「作戦は三段構えだ。まず、生徒9人の攪乱部隊が巣の入り口から複数方向に囮装置を使い突入する。蜘蛛の注意を引くための陽動だ。帰還の見込みは薄いが、全員志願だ」
「了解」
翔は続けた。
「次に、戦闘員30人が巣の中枢へ突入する。攪乱が効いている間に奥へ進む」
「そして最後に、特攻隊が本体のコアを破壊する。朱莉、お前は取り込んだ記憶で、弱点を知っている。お前の情報が勝負を決める」
朱莉は顔を引きつらせた。
「そんな、私が……」
「この作戦はお前にかかっている」
朱莉は深く息を吸い、強く頷いた。
「……全力を尽くします」
作戦開始の合図が基地に響いた。
澪たちは瓦礫の隙間を静かに進む。周囲は焼け焦げた匂いと沈黙に包まれていた。
朱莉は震える手を握りしめて言った。
「奴は捕食するときに口を開く。その瞬間が唯一の隙。その奥にコアがある」
「合図で一斉攻撃。少しでも多く当てれば……壊せるはず」
「了解」
遠くから悲鳴が上がり、蜘蛛が口を大きく開いた。
「今!」
特攻隊16人が一斉に飛び出す。透明な糸が飛び交い、何人かが切られ倒れる。
澪は迷わず装甲の隙間へ飛び込み、コアを叩き壊した。
光が爆ぜ、蜘蛛とその眷属が霧散した。
「やっと……終わった」
朱莉の声には疲れよりも、安堵がこもっていた。
「濃すぎる一日だった……気持ちがまとまらない」
「気持ちって整理するもの?」
「そう。感情は絡まりやすいから」
「へぇ……」
澪は頷き、小さくつぶやいた。
「自分が、空っぽみたいだ」
その声は街の雑踏にかき消され、朱莉には届かなかった。
街に戻る途中、二人は小さな屋台の前で楽しそうにクレープを頬張る親子連れを見かけた。
「お母さん、これすっごく美味しいの! ひとくち食べて!」
「はいはい、本当に美味しいねえ」
朱莉が微笑みながら呟いた。
「なんだか、すごく普通の幸せそうな風景だね」
澪はじっとその親子を見つめてから、ぽつりと言った。
「ねぇ、今度あのクレープ、一緒に食べに行かない?」
朱莉は驚いたが、すぐに笑顔で答えた。
「……うん。行こう」
澪は一瞬戸惑いながらも、いつもの平坦な声で返した。
寮に帰り、食堂では彼方と颯が先に食事をしていた。
澪たちが加わり、澪が口を開く。
「どうして、Bクラス相手にこんなに犠牲が出たんだろう」
彼方がスプーンを止めて言った。
「Bクラス相手にここまで犠牲が出たのは、精神干渉が原因だろう。あの能力に対応できなければ、いくら格下でも劣勢になる」
颯は笑みを浮かべて、少し肩の力を抜いた感じで言った。
「そうだねー、子蜘蛛も数が多くて、倒しても倒しても沸いてくる感じだったし。なかなか手ごわかったよね」
朱莉は少し腕を組みつつ、少し母親みたいな口調で言った。
「だからこそ、みんな無理しすぎないでほしいって思う。体も心も限界を超えたら、誰だって壊れるから」
澪は俯きながら呟いた。
「……難しいね」
その声には、普段の冷静さの裏に隠された悔しさと迷いが滲んでいた。