エピソード37
「地球に?」
「うん、しなきゃいけないことがある」
黒は黙って澪を見つめた。その瞳に宿る決意を前に、言葉を失う。
「どうしても?」
「うん」
黒は押し黙り、無線を取り出す。
「澪が見つかりました。今から学園に戻ります」
「学園?」
澪の声が少しだけ驚きに揺れた。
「うん。九年の間に新しい学園ができたんだ。卒業生たちの集まりにも名前がついた。世の中、随分変わったよ」
「天使は?」
「不思議なことに、あれから一度も現れていない」
「…やっぱりか」
「やっぱりって、どういう…?」
黒が問い返すより早く、澪が振り向いた。
「案内してね」
ーー
「久しぶり、彼方、颯」
「生きてて…よかった…」
颯は泣き出してしまった。
澪は感動の空気を壊し、話を始める。
「ねえ、お願いがあるの」
「なんだ?」
感極まったのか、彼方の声もかすかに震えていた。
「__地球に行きたい」
その一言で涙は引っ込んでしまった。
「本気なのか?」
「うん。これは私がやらなきゃいけないこと」
「そうか…ではNOVAで支援しよう」
「NOVAって?」
「ああ、学園の卒業生たちの団体だ。今は俺が団長を務めている」
「偉くなったんだ」
「まあな」
彼方は笑った。笑って、泣いた。これから逝く友を思って。
ーー
出発の日。
飛行機に乗り込むとエンジンが唸り、加速していく。やがてコロニーの天井へ辿り着いた。何重もの扉が開かれ、闇の宇宙へと飛び出す。
「宇宙って…寒いんだね」黒が呟く。
「そう?」澪が小首を傾げる。
「澪は寒さや暑さを感じないからな。でも機内のおかげで俺たちにはまだ耐えられる」
「うーーん」
黒はぴんと来ていない様子だった。
そこで颯が肩をすくめて言った。
「コロニーは全体が温度調整されてたからね。外の寒さは知らないはずだよ」
「そっか」
黒はあっさり納得し、表情を明るくした。
ーー
半年が過ぎた頃、燃える地表の惑星が姿を見せた。
「もう少しだね」
「うん、もう少し」
だが、突入を試みた瞬間、警告音が鳴り響く。
「何事だ?」彼方がパネルを覗き込み、顔色を変えた。
「熱が強すぎて、これ以上近づけない!」
「じゃあ、ここでいいや」
澪が立ち上がる。
「ま、待て! 死ぬぞ?!」
颯が叫ぶ。
「大丈夫。私の身体は耐えられるから」
澪はそう言い残し、外へ出ていった。
「血圧とか大丈夫なのかな…」
颯が思わず口にする。
黒は微笑んで答えた。
「心配ないよ。姉さんの血に見えるものですら凝縮されたエネルギーだから」
黒の言葉に、彼方と颯は息を呑んだ。
ーー
数週間後。
澪は大気圏に突入した。身体は炎に包まれ、焼かれながらも進む。
やがて燃え盛る地表に足をつけ、そのまま地中へ――さらに深く、さらに熱い場所へ。
たどり着いたのは地球の中心。
「ただいま」
澪が呟いた瞬間、地核はうねり、熱が膨れ上がる。
澪の身体は光に変わり、地球へと溶け込んでいった。
完全に姿を失ったとき、星は眠りから覚めるように脈動を取り戻す。
雨が降り出し、枯れかけていた海に水が満ちていく。
死にかけた大地が、再び呼吸を始めた。




