エピソード36
「ん…」
「黒、起きたか」
颯の声に、腫れた瞳が揺れる。
「何が…?」
「澪が応えてくれたんだ。近いうちに、目を覚ますらしい」
「本当に…!」
黒は思わず歓声を上げ、彼方がそれを見守る。
「君は、澪の記憶を追体験したのか?」
颯も静かに問いかける。
「うん、昔にね…」
(本当だなんて、信じたくなかった)
颯は心の中で呟いた。
「幼い君が澪のあの膨大な記憶と激しい感情の波に耐えたなんて…」
彼方は驚きのまなざしで黒を見つめる。
「でも、肝心な部分は見えなかった。絶対に隠してた」
黒は小さく胸を張る。
「さすが澪だな…お前、本当に耐え抜いたんだな」
彼方は感心した。幼い体で、悪意と記憶の波に晒されながら、今も正気でいる黒を見て。
――――
数日後。
ピシッ――蒼色の結晶が砕けると、中から9年前のままの澪が現れた。
不思議なことに、結晶は光に変わり、大地に降り注ぐ。
「…ここは…?」
眠る前は渓谷だったはず。目の前はコンクリートの街。
(まずは、この場所から出ないと)
澪は部屋を抜け、外へ足を踏み出す。
緑の匂い、空を満たす光、人々の笑い声。
朱莉の記憶とどこか重なるこの世界に、澪は自然と歩を進めた。
――――
変化を察した颯、彼方、黒は地下に駆けつけるが、すでに澪の姿はなかった。
「元気そうで良かった」
黒は笑みを漏らす。三人は街へ向かい、澪を探す。
――――
澪は自然を抜けた先の街にいた。
「世界が…美しい」
作り物の街だと知りつつ、その言葉は思わず口をついて出た。
公園の原っぱで寝そべる澪。銀色の髪が光を受けて輝き、青い瞳は空を映すようだ。
上から影が落ちる。
「お久しぶりです、姉さん」
「誰…?」
「黒です」
「…大きくなったんだね」
「9年経ちましたから」
「そう…そんなに寝てたのね」
久々の再会にも関わらず、交わすのは他愛ない言葉だけ。それが、二人の距離を物語っていた。
「黒、お願いがあるの」
「何?」
「私を地球に連れて行って」
澪の瞳は、黒をまっすぐに捉えていた。




