エピソード34
「行ってきます、母さん」
青い瞳の少年が玄関で手を振る。高校の制服に袖を通すのは、今日が初めてだ。
「今日から高等部。気を引き締めないとな」
小さく息をついて、門をくぐる。
…この道を通るのは、あの日以来だ。
山を越え、野宿をして、さらに一山越えた先に広がる街。久しぶりに見るその景色に、少年は目を細めた。
「……学園街だ」
懐かしさが胸を打つ。
「よお、久しぶり!」
「うん、ただいま」
ルームメイトとの再会も、昔と変わらない。
「お前、明日代表挨拶じゃん。頑張れよ」
「……まあ、何とかなるさ」
気の抜けた返事に、ルームメイトは吹き出す。
「なんだよそれ、気合入れろよw」
⸻
翌朝。
「んじゃ、行ってきます」
少年は部屋の隅に並んだ、2匹のくまのぬいぐるみに声をかけた。
「それ、だいぶ古くない?」
「姉さんの大切なものなんだ」
穏やかに笑うその顔は、どこか緊張を隠しているようだった。
⸻
壇上でマイクに向かう。
「……以上です。新入生代表、黒」
礼をして、拍手を受けながら退場する。
「お疲れ〜」
「ありがとう。あ、そういえば団長が呼んでたって」
「……わかった」
⸻
NOVA。学園のOG・OBが立ち上げたかつては名前が無かった防衛組織。
「失礼します」
「おお、ちっこいのじゃん。彼方かな?」
「……はい。あと“ちっこいの”はやめてくれます?」
「ごめんごめん、ついな〜」
「副団長だっていうのにチャラいですね」
「颯、黒は?」
「今来たよ〜。じゃ、奥の部屋行こっか」
⸻
薄暗い廊下を進んだ先、小さな談話室。
「それで、要件は?」
黒の声は冷静だ。
「……そういうところ、ほんと似てるよな。あの子に」
彼方が緊張した面持ちで告げる。
「……澪に、変化があった」
「見に行ってもいい?」
「……ああ」
⸻
3人は地下エリアへと潜り、長いエスカレーターを降りた。そこにあったのは、青く輝く巨大な結晶。中心には、眠る少女――澪の姿があった。
「前は……傷ひとつなかったのに」
結晶には、わずかなひび。
「…ここから出てくるのかな?」
「……だといいけど」
「どういうこと?」
「戻ってきても、彼女が“彼女”のままとは限らない」
「……記憶喪失とか?」
「それだけじゃない。記憶だけあって、感情が置き去りになってるかもしれない」
「…それでも大切な姉さんであることには変わりないよ」
ーー
「うっ……!」
突如、黒が頭を押さえて崩れ落ちる。
「黒!? どうした!」
脂汗を流し、体を震わせる黒。異様な雰囲気に、彼方と颯が身構える。
『あらあ、そんなに警戒しなくても』
「……誰だ!?」
黒の口から発せられた、女の声。
『驚いたわ。あなた、勘が鋭いのね。朱莉ちゃんのお母さん以来かしら』
「……なぜ、朱莉の名前を?」
次に声を発したのは、眠っているはずの澪だった。
『いじめちゃ、だめですよ?』
「朱莉……!?」
颯が息を飲む。
「そんな……まさか」
『そうよ。私はずっと澪の中にいたの』
『朱莉ちゃんは澪じゃないと“降りる”ことができないの。黒ちゃんの中には澪の目があるから私は入れるけど……朱莉ちゃんは、無理なの』
「は? 情報が多すぎる……」
『まあそれもそうね、じゃあ自己紹介からね。
私はテラ。澪ちゃんの……お母さんにあたる存在よ』




