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  作者: 水無適
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エピソード32

「澪に最後に会ってから、今日でちょうど一週間か…」

「うん。無事に逃げ切れてたらいいけど…」


夜の静寂を破るように、窓ガラスがコツンと小さく鳴った。


「……ちっこいの!?」

「いいから、入れて」


窓から滑り込んできたのは、黒だった。彼の表情は険しい。


「颯、それ誰?」

「そうか、会ってなかったんだな……」


颯は短く説明しながら、黒の顔を見る。その目には焦りと悔しさが混ざっていた。


「お姉ちゃん、戻っちゃったんだ……あの場所に」


「澪がそう言ったのか?」

彼方が問いかける。


「……ううん。『宿で待ってろ』『ついてくるな』って」


「……悪い予感しかしないな」

「俺もだよ、彼方」


2人は視線を交わし、小さく頷き合った。


「黒、お前は澪の指示に従え」

「……僕は役に立たないってこと?」


「違う。澪がそう言ったんだ。お前の安全が最優先なんだろう」


「……わかった」


不満げながらも黒は従い、颯がその頭をくしゃっと撫でた。


「偉いぞ」


その言葉に少し笑った黒は、足早に学園をあとにした。


「じゃあ、行こうか」

「珍しく積極的だね、彼方。いつもの“規則厳守”はどうしたの?」


「……なんのことだ?」


彼方がすっとぼけて笑うと、颯も同じように笑った。


 



「朱莉……これが“最善”なんだよね?」


「うん。今はこれが一番可能性が高い。でも……本当にやるの?」


「それしかないから」


「……成功しても、みんなには二度と会えないかもしれないのよ?」


「本来なら、私なんか最初からいなかったはずなんだ。ちょっと……違うけど」


「……そっか。もう止めない」


「ありがとう、朱莉」


朱莉は微笑んだまま、光の粒子となって消えた。


(そうだよね、お母様……私はこうあるべきだ)


 



——真っ白な無の空間。


澪は意図的に、現実から意識を切り離していた。深く、深く潜るように。

痛みも、音も、全部閉じ出していた。

現実から目を逸らすことで、意志を研ぎ澄ませていた。


だが今、その意識が戻る。


 


「……!? 0番の意識が回復しました!」


緊張の走る研究所。報告を無線で伝える研究員の声が響く。


檻の中で、澪の瞳が、赤く光った。


「開始します」


その一言とともに、制御用の檻が音を立てて破壊され、空間が振動し始めた。


「何が起きている!? 蒼の石の影響で動けないはずだろう!?」


「解析中です! ですが、抑制が効いていません!あれは……!」


「……天使の力です」


博士が吐息を漏らすように呟く。喜悦と狂気が混じった声だった。


「な、なにを言っている!? じゃあ今まで蒼の石が吸っていたものは一体なんだったんだ……!?」


「おそらく、澪自身の……“根源エネルギー”です」


「…訓練無しに力を扱うことはたとえ0番だとしても不可能だったということか!?」


その言葉に澪は沈黙で答える。


「騙していたのか!? 私たちを!?」


「博士、私は一度も嘘はついていません。盗聴機能があるのはわかっていました。だから、誤解されるように話していただけです」


博士は悔しそうに顔を歪め、そして頭を下げる。


「……っ、0番。その力も、私に研究させてくれ!!頼む!!」


澪は博士を見据えたまま、はっきりと首を振った。


「……嫌です」


「ま、待って……待ってくれ、0番!!!」


「所長!崩壊が始まっています!早く避難を!」


研究員たちが叫ぶ中、澪は静かに踵を返す。


 


彼女が向かう先は、地上ではなかった。崩れゆく研究所の中心を突き抜けるように、さらに——地中深くへと。


その背に、赤い光の羽のような残像を残して。

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