エピソード31
あれから、どれだけの時間が経ったのだろう。
体感すら曖昧になっていた。
博士の容赦ない実験と、エネルギーの過剰搾取が、澪の感覚をじわじわと鈍らせていった。
この部屋には、常に誰かの視線がある。
監視。沈黙。
声に出せることなど、ほとんど残されていない。
今日も澪は、心の中だけで思考を巡らせる。
「朱莉を私に介入させたのは──やっぱり、お母様?
……だとしたら、全部、辻褄が合う。いや、そうと見ていい。
“他にも道がある”──あの言葉。
お母様のもとへ戻れということ? それとも、このコロニーそのものを……?」
すると、どこかで水音のように、微かな声が響いた。
「難しく考えることはないわ、澪。答えは、すぐそこにあるの。
でも……それを選べば、あなたは誰にも会えなくなってしまう」
「……また会えたんだね、朱莉」
ふわりと現れたその姿に、澪はわずかに目を細めた。
幻か、記憶か、それとも──。
「久しぶり、澪。でもね、私に会えたからって、それが“良いこと”だとは限らない」
「うん。分かってる。たぶん、そういうことなんだろうなって」
朱莉はひどく静かに、しかし断固とした口調で続けた。
「このままだと、せっかく生き延びた人間たちも、滅びてしまう」
「……どうして?」
「博士、そして──国。
彼らは、あなたを“素材”として、天使を創ろうとしているの。
あなたの身体と魂を使って」
「……天使を……?」
「ええ。天使は、強大なエネルギーの塊。
でもそれは、人間の生物的限界を超えていて……
制御を誤れば、世界そのものを破壊する」
朱莉は澪に一つの映像を見せる。
大きな悲鳴。走って逃げる者たち。そこには蒼を纏った異形な天使の姿があった。そしてそれを倒していく学園の生徒たち。一人、また一人と死んでいく。
「既に被害は出ているわ」
「そんな……それじゃ……」
「うん。エネルギーだけでは、命は救えないの。
だから、あなたの“選択”が必要なの」
「……どうすればいいの、私は……」
「それは、私の口からは言えない。規則があるの。
でも、“相談役”にはなれる。ぎりぎりまで、そばにいるから」
「……わかった。ならその“ギリギリ”まで、教えて」
「ええ。覚悟はあるのね、澪」
朱莉の声はどこまでも穏やかで、それでいて底知れぬ哀しみを孕んでいた。
*
「おーい、0番くん!!」
博士の能天気な声が、実験室に響く。
「今日も反応なし、ですね……」
「でも、生きてるのは間違いないよ。
……強い衝撃があれば、目覚めるんじゃないかな〜?」
博士の目がわずかに光を帯びた。
澪の前に歩み寄り、指先でその雪のように白い肌をなぞる。
何の感情も宿さず、手際よく彼女の服を脱がせ始める。
「服ごと壊しちゃうとさ、買い直すのが手間でしょ」
軽い口調のまま、博士はギロチンを持ち出した。
鈍く輝く刃を、澪の両脚に──挟む。
「じゃ、いきます」
刃が落ちた。
ゴトン。
鈍い音。足が、転がった。
けれど澪は微動だにしない。
博士はその様子に眉を寄せた──次の瞬間、
澪の両足は静かに、再生を始めた。
「うっは……!見事な再生速度!!
でも、違うんだよなぁ……。欲しいのは“反応”なんだよねえ〜」
つまらなそうに笑って、博士は足音を残して部屋を後にした。
*
「本当に、この作戦で行けると思う?」
「……大丈夫、行けるよ」
朱莉のまっすぐな声に、澪はそっと頷いた。
それは、賭けだった。
成功すれば、この牢から出られる。
失敗すれば、命さえも──失うかもしれない。
でも、もう迷いはなかった。
「行こう。私にできることを、する」




