エピソード28
澪は透明化の能力を使い、学園に忍び込んでいた。
かつての自分の部屋へ入り、ベッドの脇から2匹のクマのぬいぐるみをそっと取り出す。
碧はちゃんと手紙を見ていてくれたらしい。
「お姉ちゃん、これは?」
「これはね、大切な人との思い出。……さ、急ごう」
「うん!」
*
「澪は無事かな……」
颯がひとり、渡り廊下で空を見上げていた。
「……いつの間に、“ちゃん”付けやめたの?」
その声に振り返ると、そこには見慣れぬ髪色と短く切られた髪、そしてどこか大人びた瞳をした澪が立っていた。
「澪……!?」
「シーッ。私は“いない”ってことで、ね?」
「……ああ。無事で、本当に良かった……」
颯は堪えていた涙を拭った。
「え、その髪、目の色……どうしたんだよ?」
「まあ、いろいろあってね」
そのとき、澪の背後から黒がぴょこっと顔を出す。
「……隠し子か何かか?」
「違う。この子も被験体。私が連れ出してきたの」
「それって……やばくない?」
「うん、今まさに逃走中」
そう言って、どこか吹っ切れたような笑みを浮かべる澪。
「この国の外に行くの。……だから、最後の挨拶に来たの」
「この国の外って……そんなとこないだろう?」
「ううん。実はね、このコロニーにはもうひとつ“国”があるの。だから……会おうと思えば、また会えるよ? それに、まだ私はこの場所が滅ぶのを見たくない」
「は……? 何の話だよそれ……!」
「じゃあね、颯。元気でね」
「おいっ、待っ──」
颯が手を伸ばしたときには、澪の姿はもうなかった。
「……くそっ。逃げ足だけは相変わらずかよ」
気づけば机の上には、2通の手紙が置かれていた。
そのうちの一通を開いて読むと、彼は苦笑しながら空を見上げた。
「……やっと、自由になれたんだな」
*
それから間もなく、彼方が部屋に戻ってきて事情を聞かされる。
彼も澪の手紙を読み、目に涙を浮かべながら言った。
「碧には、伝えるのか?」
「いや……やめとこう。あいつは、まだそこまで大人じゃない。自分の父親がしてることに……耐えられるほど」
颯の言葉には、珍しく冷静な観察眼が宿っていた。
*
「……ん? 机に手紙?」
碧が学園の自室に戻ると、机の上に置かれた一枚の紙に気づく。
澪からの手紙。
それを読んだ彼女は、しばらく黙ったまま紙を握りしめ、ついにはぽろぽろと涙をこぼした。
「よかったぁ……」
嗚咽まじりの声が、静かな部屋に響いた。
*
まだ肌寒く、朝焼けが空を染める頃。
山の斜面を、二つの小さな影が歩いていた。
「やっと、頂上だね……。日が昇っちゃった」
「うん! お姉ちゃん、外って……自由って、本当に楽しいんだね!」
「うん。これからもっと、いろんなことが待ってるよ。怖いこともあるけど……楽しんでいこう」
「うんっ!」
黒の無邪気な声が、朝の空に溶けていった。




