エピソード27
「はぁっ、はぁっ…!」
荒れた呼吸を押し殺しながら、澪と黒は草をかき分けて進んだ。地面はぬかるみ、棘のある枝が頬をかすめる。逃走という言葉すら生温い、命がけの脱出だった。
ようやく木々が途切れた先に、人工の光が広がった。大きな街。二人は目を細める。
「着いた……」
道中で手に入れた安物の染髪スプレーで髪を茶色に染め、派手な瞳はカラコンで隠した。帽子を深く被り、澪は長かった髪を潔く切り落とした。髪には力が宿っていた。だからこそ切った後も、布に包んで持ち歩くしかなかった。
「バス、乗るよ」
目指すは学園街。逃げた先に待つものが自由なのか、それともまた檻なのか、それはまだわからない。
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「2日も経ったのに、まだ見つからんとはどういうことだ!!」
博士の叫びが研究所に響き渡る。
「追跡機も……外されています……」
報告する研究員の声は震えていた。背中を丸め、怒りの直撃を避けるように立ち尽くす。
「せっかく、楽しい実験が待っていたというのに……!」
ガラス瓶が投げられ、壁に当たって砕けた。中身の液体がじゅっと床を焼く。博士の表情は、いつもの陽気な仮面ではなかった。純粋な苛立ち。そして、それを上回る興奮の火種が、彼の目の奥で燃えていた。
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その翌日。
「じゃあ……これでほんとうに最後かもね、パパ」
「いってらっしゃい、ミドリン」
父と娘の別れは、あまりに静かで、妙に穏やかだった。
博士は娘を前に、珍しくまともな「父親の顔」をしていた。
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「いまごろ澪は……」
碧は風の中で立ち止まり、ふと空を見上げた。
澪が今どこにいるのか、碧には知るすべもない。ただ、澪がとても遠い場所へ行ってしまったような気がして、胸が締めつけられるのだった。




