エピソード24
「……澪、帰ってこないじゃん」
碧は小さくため息をつきながら、新学期に向けて机の上を片付けていた。
隣の空いたスペース。もう何日も触れられていない澪の席を何気なく拭っていると、棚の奥で小さな音がした。
カコッ。
何かが落ちてきた。封筒だった。
「えっ……手紙? 宛名、私?」
封を破くと、中にはたった一行。
『碧へ しばらくは戻ってこれません。その間くまのぬいぐるみを預けます。 澪』
「なにこれ……短っ!」
肩の力が抜けて、つい苦笑してしまう。
「もうちょっと何か書きなよ……」
碧は手紙を机に戻しながら、ぽつりとつぶやく。
「……パパに会いたいな」
彼女の声は、自分でも驚くほどかすれていた。
ーー
「今日はもう一段階、能力の解放を試してみようか」
訓練場に響く颯の声に、碧はすっと立ち上がる。
「うん。あ、ねえ颯。澪が病院行ったの、知ってる?」
颯の目がわずかに鋭くなる。
「いつから?」
「三日前くらいかな」
「……そっか。ありがとう、助かった」
「ううん、ぜんぜん平気。だって、颯と澪は友達でしょ?」
碧はにこっと笑う。だが颯の心にはモヤモヤが浮かんでいた。
(澪が三日も戻ってこないのは普通じゃない……それに、碧の家のことも何か関係しているかもしれない。でも確証はない……慎重に見極めないと)
「どうしたの?」
「……ん? いや、ちょっと考えごと。じゃあ、始めようか」
「うん!」
*
2日目。
澪の肘から先は猿の腕に変わり果てていた。
術後澪はガラス張りの部屋で変化の観察をされていた。
突然、腕の内部から激しい断裂音が鳴り響き、表面が裂けて血が滴り落ちる。
「うっ…!」澪はこみ上げる激痛に呻き声をあげた。
慌てた研究員たちは急ぎ博士を呼び、
「すぐに分析機にかけろ!」と指示した。
博士は薄ら笑いを浮かべながら検査結果を受け取り、
「やはり仮説は正しい!」と叫んだ。
そして、冷酷な決断が下される。
研究員たちは猿の腕を冷たく切断した。
鮮血が飛び散り、澪は激痛に耐えながら呻いた。
だが、切断された腕の切り口からは煙のような白い霧が立ち上り、徐々に組織が再生していった。元通りの腕だ。
ーー
博士は日記を記す。
『0番の血を投与したが、生物は死亡した。ただし、ちゃんと天使化したのは確認できた。血が強すぎたのかもしれない。次回からは薄めて試すつもりだ。次に実験する際は、0番の体に直接くっつけてみよう。』
続けて書き加えられていた。
『0番の腕に接続した猿の腕は天使となっていた。さらに、その猿型には見たことのない成分が追加されていた。0番の血は間違いなく進化を促すものだ。明日からは内臓を移植し、その反応を観察する。』
ーー
3日目、澪は採血と他の生物の内臓を移植する手術を受けた。
手術は無事に終わり、再びガラス張りの部屋に通された。
4日目から6日目までは採血だけが繰り返された。
7日目、内臓の摘出手術が行われた。
博士は満面の笑みを浮かべ、
「内臓も天使化か…これは世界が動くぞ!」
と言いながら軽やかにスキップをして部屋を後にした。
そして8日目、澪はやっと真っ白な部屋に返された。
短くて長い地獄が終わったのだった。




