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  作者: 水無適
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エピソード21

帰り道、澪はぽつりと言った。


「最初、碧の苗字を聞いたとき……驚いたなあ」


「名乗ったから?」


颯が気楽そうに返す。だが澪の顔は笑っていなかった。


「ううん」


「じゃあ、なんで」


「……だって、それは私を殺し続けてきた男の名前だったから」


空気が止まる。颯が一瞬、言葉を失った。


「……それで、碧とは関係あったのか?」


「それは今度調べるよ」


「どうやって?」


「石の交換の日が近い」


「……まだ、抑圧されてたのか? っていうか文化祭前にいなくなったのって——」


「そう。最初は石の交換だけだったのに、急に実験が入って。脳の感情を司る部分に電極を刺されて……ちょっと傷ついたみたい」


「だからか……あのときの、お前」


「……朱莉には、この話してなかったんだよ」


「……」


「あなたたち二人だけ。今日初めて話した。……朱莉の前じゃ、どうしても言えなかった。怖くて。彼女の反応が。私が、私じゃなくなるのが怖かった。でも、死ぬ前に……話しておけば、よかったな」


「……話してくれて、ありがとう」


三人は重苦しい夜の空気を背に、それぞれに沈黙したまま帰った。


その夜——澪は、いなくなった。



「……澪?」


目を覚ました碧は、隣のベッドに誰もいないことに気づいた。澪の痕跡すら残っていない。


すぐに制服を羽織り、教官室へと駆け込んだ。


「失礼します! 翔先生、おはようございます。澪が……澪がどこに行ったか、知っていますか?」


「ん? ああ、澪なら昨日の夕方、病院に検査入院したって報告来てるぞ。そういうのたまにあるから、あんまり気にしすぎるな」


「……ありがとうございます。失礼しました」


廊下に出てから碧は眉を寄せた。

(何かが変だ。なんでこんなに、連絡もなしに……?)


そのころ、翔は椅子にもたれ、ぐうぐうと寝息を立てていた。


「まったく……寂しくなるな」


碧は誰に言うともなく、つぶやいた。



白い部屋。息苦しいほどに清潔な空間。

そして、あの男——博士。


「やあ、0番。今はレイだっけ? まあ、どうでもいいか。今日はね、重大発表があるんだ!」


白衣を揺らしながら、博士は軽快に喋る。


「新しいプロジェクトをはじめま〜す! 被験体は、もちろん君! 他の子はね、死んじゃったから! しかたないよね〜! それと、上の指示で君の中にある“絶滅したはずの生物”のDNAを使って、生命を復元することになったから、よろしく!」


「……わかりました」


声は平坦だったが、その眼はどこか壊れていた。

澪の背中はこわばり、爪は無意識に手のひらに食い込んでいた。


「ねえ博士……あなたには娘さんがいたでしょう。名前は?」


博士は笑った。にやけた顔で、無邪気に答えた。


「うん、ミドリン! 本名は永瀬碧。うちの可愛い子だったんだけど、学園に出したらさあ、もう戻ってこなくなっちゃって。あはは! まあ、天使になったんだよ、あの子も。しょうがないよね!」


澪の表情は動かない。ただ目だけが、ひどく静かに、博士を見ていた。


「でもね〜、もっとすごいのがあるんだよ! なんとなんと!君に……弟ができました〜〜〜!」


「……弟?」


「おいで〜114番〜! 君のお姉ちゃんだよ!」


現れたのは、黒い髪に、青い瞳の少年だった。


「こんにちは……お姉ちゃん?」


その言葉に、澪の胸の奥がざわついた。


「……その瞳、その色……まさか、私の血を混ぜたの?」


「それもあるけどね〜。でも青くならなかったから、君の目、まるごと移植しちゃったの!」


博士の声が弾む。澪は凍りつく。


「……は?」


「この子はね、お母さんのお腹から取り出して、ポットで育てたんだ〜。君の血を栄養に使って。何人か死んじゃったけど、この子だけ成功した! 強いよ〜、君の血って! 0番ほどじゃないけど、君を除けばこの施設で最強だよ! 弟くんとは同室になるから、仲良くね〜!」


――


「はじめまして、私は澪。あなた、名前はあるの?」


「ない。114番って呼ばれてる……」


「じゃあ、黒って呼ぶね」


「!……名前、つけてくれたの?」


少年の顔に、花のように笑みが咲いた。

それは——痛々しいほど無垢な笑顔だった。


「ありがとう、お姉ちゃん!」


「……黒、普段はなにしてるの?」


「実験と……テスト。力をぶわーって出して、天使を倒すんだ」


「それ、テストっていうより訓練ね」


「うん。でも……実験は、嫌い。終わったあと、すごく痛いから。……でも、この目、嫌いだったけど、お姉ちゃんのって知ってから、ちょっと好きになった」


澪は黙ったまま、そっと黒の目を見つめた。


「私の目、もとはこういう色だったのね……ちょっとだけ、手、切ってもいい?」


「……やだ。痛いの、怖い」


「ほんの少しだけ。すぐ終わる。実験より、ずっと軽いよ」


「……なら、いいよ」


澪がそっとナイフを走らせた。黒の指に小さな傷ができ、すぐに閉じた。

赤い血がにじんでいた。


(血の色は……赤。少なくとも、彼は“生きて”いる)


「ありがとう、黒」


「……お姉ちゃん、なんで泣いてるの?」


「……泣いてないよ」


部屋の扉が開き、研究員が呼ぶ。


「0番、ついてこい」


「……うん。行ってくるね、黒」


「……うん、またね。……お姉ちゃん」


その声には、小さな期待と、胸を刺すような寂しさが滲んでいた。

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