エピソード11
「澪、遅刻するよ!」
その朝も、澪は朱莉に叩き起こされていた。
「……眩しい……」
朝日を眉間に受けて、布団の中からもぞもぞと這い出す。朱莉は、明らかに浮かれていた。
「今日、何かあったっけ?」
澪の眠たげな問いに、朱莉は少し誇らしげに答える。
「学園祭の出し物を決める日よ」
「それでノリノリなの?」
「指摘されるほど分かりやすかった?」
「うん」
頬を赤らめながら、朱莉は澪の腕を引いて部屋を出た。
「やりたいことを一人ずつ出していってくださーい!」
教室には、浮き立った声が飛び交う。
「焼きそば屋!」
「お化け屋敷!」
「やっぱり見世物系でしょ!」
いかにも学園祭らしい、軽いざわめきと興奮。最終的に、多数決で選ばれたのは「執事・メイドカフェ」だった。
「学園祭って9月でしょ? ずいぶん早く決めるんだね」
澪のぼんやりした呟きに、朱莉が即座に返す。
「物事の準備には時間がかかるのよ!」
その言葉通り、朱莉のテンションは明らかにいつもより高かった。
準備期間が始まると、教室の空気は目まぐるしく変わっていった。ミシンの音が響き、ペンキや布が床に散らかり、装飾のデザインをめぐって小さな言い争いが何度も起こった。
それでも、クラスの誰もが本気だった。
澪もまた、その中で黙々と作業をこなしていた。表情は淡々としていても、指示された仕事は確実にこなしていた。
朱莉はそんな澪の様子を、少し意外そうに見ていた。
そして迎えた学園祭の前日。事件は、唐突に起きた。
「ないっ!! メイド服が一着足りない!!」
衣装係の悲鳴に、教室中が凍りつく。
「執事服の数を確認して!」
「……あった。一着多い」
全員の顔に「マジか」の文字が浮かぶ。犯人探しが始まる前に、担任の翔が口を開いた。
「女子の中から一人、男装して執事をやってもらう。くじで決めよう」
不穏な空気の中で回される、紙片。引かれるたびに教室の緊張は高まっていった。
澪は、その中で、顔色を失った華那に気づく。彼女の手は、小刻みに震えていた。
しばらく沈黙が続いたあと、澪が自分のくじと華那のくじを見比べ、ぽつりと口を開く。
「……交換する?」
華那が息を飲む。ためらい、そして、涙のような笑顔で応える。
「いいの? ……ありがとう……」
「うん」
次の瞬間、翔の声が響いた。
「当たりを引いたのは誰だ?」
澪は静かに手を上げる。
「澪が!?」
驚いた朱莉が声を上げた。彼女は、最初に“当たり”を引いたのが華那だったことを見ていた。
しかし、澪は何も言わず、ただ次の準備に向かっていた。
衣装問題が収束し、教室には再び日常のような準備の空気が戻った。しかし朱莉の胸の内は、ざわついたままだった。
澪が誰かのために動くこと。それは、ほんの数ヶ月前の彼女からは想像もできなかったことだ。
けれど、それを「成長」と呼ぶには、まだあまりに輪郭が淡かった。




