エピソード10
澪と朱莉は街に出かけていた。
「ここのクレープ、食べようよ!」
朱莉が目を輝かせながら言うと、澪は静かに頷いて、並んだメニューの中から一つを指さした。
「あ、ここの苺クレープ、すごく美味しかったよ」
記憶しているという口ぶりだった。味も覚えている。会話の調子もいつもの澪だ。
——やっぱり、本物の澪なんだろうか。
ふと朱莉の口元を見て、澪がティッシュを取り出した。
「生クリーム、ついてるよ」
「…ふふっ。なにそれ、気が利くなあ」
通りすがり、朱莉の視線が一組の親子に向いた。
さっきまで笑っていた男の子が突然駄々をこね始め、それに困り果てながらも優しく話しかける母親の姿。
その光景を見て、朱莉の顔にある種の納得が浮かぶ。
(澪って、ほんと子どもなんだ)
隣で黙々とクレープを食べている澪は、まさしく幼い少女そのものだった。
(単純なことだったんだな。あの日の“異質な雰囲気”の理由も)
朱莉はそれ以上は考えず、澪と街を巡って帰宅した。
「ちょっと、颯と彼方のとこ行ってくるね」
「わかった。先に寝てる。おやすみ」
澪はそう言うと、ぬいぐるみをぎゅっと抱いて布団に潜り込んだ。
朱莉が訪れた部屋で、颯と彼方が出迎えた。
「澪は“イヤイヤ期”の子どもかもしれない」
真顔で言ったその台詞に、颯は思わず吹き出した。
「えっと、それ…わかりやすく言ってくれない?」
朱莉は少しバツの悪そうな顔をしながら、今日の出来事を細かく語って聞かせた。
「なるほどねえ~。てことは、あの日、よっぽど嫌なことがあったってことか」
「そうだな。あんなふうに感情を露わにする澪は初めて見た」
「澪も、少しずつ成長してるのかもな」
「そういや朱莉ってさ、澪の前だとお母さんみたいだけど、俺らの前だと年相応って感じだよな」
「……? そうかな?」
「たしかに、そんな感じするな」
「よくわかんないけど、そうだとしたら……あなたたちが居場所をくれてるからかもしれない」
その言葉に、颯と彼方が一瞬だけ目を見合わせた。
「おお……なんか、素直だ」
「素直って何よ。私はいつだって素直でしょ?」
「……」
「なに黙ってんの、彼方。なんか言いなさいよ!」
彼方は肩をすくめながら微笑んだ。
(朱莉が吹っ切れてきたようで、ちょっと安心した)
夜、朱莉が部屋に戻ると、澪はまだ眠らずに待っていた。
「あの……クレープ屋さん、また行こうね」
「…うん、行こうね」
それだけ言って、澪はそのままぬいぐるみを抱えて眠りに落ちた。
(……それ言うために、起きてたの? 明日でもいいのに。ほんと、変な子)
朱莉は肩をすくめながらくすっと笑い、布団に潜り込んだ。




