various works
「…じゃあ今日はこのへんでー!次はー月曜日!みんなよい週末を~!」
ずっと何かを偽っている感覚が、誰かを騙しているような罪悪感が、薄いフイルムを一枚ずつ重ねるように蓄積している。
いつも通り投げ銭の名前を読み上げ、決まった謝辞を添えると配信ソフトの停止ボタンを押す。SNSで配信後の一言を呟く。社内連絡アプリをチェックする。
考えるより先に指先だけが一連の流れをこなす。
マネージャーからの連絡の中に、スケジュールとスタジオ使用日の確認、その他にある一文が目に留まる。
―<カイナミさんの件ですが、快諾いただけました。直接やり取りなされますか?>
ダイレクトメッセージの宛先も添えられている。
半年後に予定しているイベントのビジュアルアート、そのイラストレーターの希望に彼女の名前を伝えていたのだ。
カイナミ。彼女はイラストレーターでありながらも同業、つまり配信者として活動していた。
イラストレーターとしての才覚も確かなもので、その柔らかな輪郭線やビビットカラーをアクセントにした配色は、彼女が辿ってきたカルチャーを感じさせるものがあり、それにシンパシーを感じた。
私の所属する事務所は、業界最大手とまではいかなくとも、それなりに名の知れた"箱"だ。
去年加入してきた彼女の他、あるものは元プロゲーマーであったり、現役の作曲家であったり、はたまた民俗学の修士課程を修めていたりと、最近の配信者はそれ以外にもなにか強烈な個性、強みを持って活動している者が多い。
一方の私はというと、新卒で採用された広告代理店に馴染めずに2年で社会からドロップアウトし、
投げやりな気持ちで見つけた事務所立ち上げオーディションに応募して、アバターを与えられ、もう4年になる。
当時は周りもドロップアウト勢が多く、たった2年とはいえ社会経験のある私はスタッフからは重宝されたものの、その実はひたすら、運営陣の方針に従順に、
求められた中で最低のハードルを安全に、角が立たぬように、と毒にも薬にもならない活動を続けてきただけである。
話す内容から透ける実年齢は、ある意味では私の数少ない個性になりつつあったが、
あるとき度を過ぎた年齢イジりコメントに対して
軽くたしなめる程度の指摘をしたとたんに一部のファンが過剰にはたらきかけ、
私と視聴者との間にあった 公然の秘密 という繋がりは、
いつからか 暗黙の禁忌 となつて絶たれた。
そんなわけで、今日も"雑談配信"とは名ばかりの、
数種類の話題と、それを取り上げる順番。コメントに反応するタイミング。応募したメッセージへのレスポンス内容や大まかなタイムスケジュールまで書き詰められた手元のルーズリーフをなぞるだけの予定調和を終わらせた。
「先輩ってぇー、運営とモメたりしないんですかー?」
イメージ共有のためのオンラインでの打ち合わせ中に、突然カイナミが話を振ってくる。
「…モメる理由がないもん。私が想像するよりたくさんの大人が動いてくれてるわけだし、何気なく言った要望のせいで、裏でとんでもない事になってたりもするかもって思うとねー…」
イラストの依頼から始まった関係は、彼女の人懐っこい性格も相まって、すぐに文章でのやり取りから、こうしてボイスチャットで打ち合わせをするまでに至った。
彼女は予想していたよりもずっと、アバター越しの彼女そのままの性格をしていた。
「えーやっさしいなぁー。こーいっちゃなんですけど、先輩ってもっと我が強いというか、ちょっと怖い人だと思ってました。てか実際一期生の人ってそーゆう人多くないですか?それで何人か炎上して消えちゃいましたけど笑」
こういう歯に衣着せぬ物言いも、彼女がイラストレーターとしての地位をある程度確立できているという自信からくるものだと思うと、憎めないと同時に羨ましさもあった。
「あなたは配信中でもリアルでもほとんど変わんないね。すこし演技してるのかと思ってたんだけど。」
「いや演技とかムリムリ!絶対ムリですって!ほとんど毎日何時間も配信してんのに!素でじゃなきゃやってらんないですよ!
元々絵師の仕事だって、ダルい人付き合いとかあんましなくていいかなー?とか思って始めたくらいなのに!」―――
転機が訪れたのはその3ヶ月後、イベントプロデューサーやディレクターも含めた合同の打ち合わせで事務所の会議室に集められた時だった。
「なんでわざわざリアルで打ち合わせー?とか思ってましたけど、大人数だとやっぱリアルのほうがスムーズですねー!」
もう少し緊張感ある雰囲気になるかと思ったが、彼女のおかげで幾分和やかに進行した。
手元のタブレットには要点や方向性などが図解も含めてまとめてある。
文字ではなく、こんな時もイラストベースなのが彼女らしい。
以前人付き合いが苦手でイラストレーターを始めたと言ってはいたが、
一人仕事で意外と苦労を積んできてるのかもしれない。私なんかよりもよっぽど社会性を感じる。
「…それでー、どんな香りがいいですか?とか聞かれてもわかんないしー
じゃあ好きな花とかありますか?って聞かれたんで、んーたんぽぽ!かな?みたいな笑
そんな調子で全然進まないっていう笑」
休憩中にプロデューサーとカイナミの雑談が聞こえてくる。
そのアバターのイメージさせるフレグランスをグッズとして販売する、
おそらくその、イメージ香水と呼ばれるものについての相談だろう。
人からどう見えるかについて、かなり無頓着な彼女にとって、自分のイメージ像は
想像できないものなのかもしれない。
ふと、以前自分のイメージ香水を販売する際に仕事をした外部のプロデューサーから聞いた話を思い出した。
胡散臭く、本質の捉えにくい話し方をする男だったが、プライドと比例した仕事への真摯さも持ち合わせていて結果悪い印象ではなかった。
「なんとかスーパー…だったかな?合成香料なんだけど、普通ほかの香料と混ぜて使うところを、それ100%で作っちゃった香水があるんだって。
かなり賛否わかれたみたいだけど。
私の香水にも少し使われたんだけど、意外と自然でいい香りだったよ?」
ルーズリーフの束を遡りながら呟く。
当時、いの一番に勧められた香料が合成のもので、なんだかアバターを借りた姿で活動する自分を合成だ、人工だ、と揶揄されているようで、少なからず嫌悪感を感じたのを覚えている。
「あーそうそう、イソEスーパーだ。」
スマートフォンで検索して、その画面をカイナミに見せる。
「なにこれ!なんかVTuberの出す香水が合成100%ってめっちゃ皮肉効いてておもしろくない?あたしこれにしようかなー!」
予想通り食いついている。手持ち無沙汰になった私は、ルーズリーフの束を揃えて整える。
「それって活動記録かなんかですか?あなたがイメージ香水出したのってもう3年前ですよね?もしかしてデビュー当時からずっとつけてるんですか?」
突然プロデューサーに話を振られ、しどろもどろになる。
「…差し支えなければ、見せていただけませんか?」
おずおずと厚さ5センチほどもある紙の束を差し出す。
スマートフォンはカイナミに、ルーズリーフはプロデューサーに奪われた私の腕は行き場を失い、居心地悪そうに膝の上をこまねいていた。
打ち合わせが終わり、ずっと酸素不足を訴えていた肺を膨らませながらエレベーターを待っていると、プロデューサーに呼び止められた。
「卒業後の方向性、まだ決めてないって伺いましたけど、本当ですか?」
そう、3ヶ月後の卒業イベントののち、事務所から退社することは決まっていたが、その後どうするかは全く考えていなかった。
考えることを拒否していた、といってもいいかもしれない。
4年前、会社を退職した時と同じように、日々少しづつ積み重なる違和感が消化不良を起こし、限界を迎えた。
29になっても全く成長していない自分にも、個性豊かな周りに対する劣等感にも、もううんざりしていた。
「さっき見せていただいた活動記録、本当にすごいと思います。
いつもライバーと仕事していると、行き当たりばったりで配信に挑んで、いつ炎上の地雷を踏み抜くかのロシアンルーレットを引かされている気分になるんです。
思いつきで突拍子もない企画を持ちかけられたり、そういう爆発力を実現するのが我々の仕事でもあるんですが・・・」
「あなたの4年間の活動では、そういったことは一切なかった。
他のスタッフも全面的に信頼しています。新人と組ませても安心して任せられましたし。」
拍子抜けだった。
いつもできるだけ低いハードルを選んで、安牌を、波風立てず。そんなことばかり考えてきた。
せめて個性溢れる共演者たちの邪魔にならないよう立ち回ってきた。
「来年デビューする新人ライバー達に、自分たちの配信枠と別で、事務所公式としてのネットラジオ番組を交代で担当させることになったんです。
…もし卒業後のビジョンがないなら放送作家として参加していただけませんか?
あなたの蓄積してきたナレッジとリスクヘッジ能力が必要なんです。」
初めて評価された気分だった。
再生数、同接数、それも一つの評価に違わないはずなのに、それを受け入れられない自分ももどかしかった。
ずっと意味のない予定調和を重ねてきたと思っていたが、こんな紙束にも意味があったと知らされた。
唖然としていると、スマートフォンが震えた。
「先輩ー?まだですかー?あたしお腹もうペコペコなんですよ!肉が!あたしを待ってんです!」
我に返ると、プロデューサーが、本気で考えといて下さい。と名刺を手渡してきた。
彼の名刺はデビュー当時にもらってから2枚目だったが、肩書が増えていた。
ミキサー卓からの目線を受けて、用意した台本を一枚ずつ演者に渡す。
カフボックスのレバーが上がったのを確認して、リアルタイムで送られてくるメールに目を通しながら選別する。縦横無尽に台本から脱線するトークテーマの裏打ちのため、タブレットを叩く。
考えるより先に身体は一連の流れをこなしていた。
ディスコ鯖の企画で書きました。
小説は初めて書きました。
けっこう楽しかったです。