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知らぬ間にデータが消えていたようなので再投稿させていただきました

気付くのが遅れてしまった申し訳ありません

 豪華なシャンデリアが照らし出すのは美しく着飾った人々だ。


 一流のシェフによる料理。著名な楽団が奏でる流麗なメロディー。

 談笑する人々を見ても、高貴な身分な者ばかりなのは疑いようもなく、海里は落ち着かない気分で視線を巡らせる。

 思えば、パーティに参加するのはこれが初めてだ。初めてのパーティが春野家主催のものというのは贅沢なのかもしれない。


「レオンは慣れてるよね」


「私は使用人をしていた頃に何度か経験していますから。流石に客として参加するのは初めてですが」


 護衛として同行しているレオンの言葉に「なるほど」と頷く。

 王宮の召使い。幹部の娘付きの執事を経て、レオンは今の処刑部隊副隊長という座についた。

 下っ端時代には裏方としてパーティ会場に足を踏み入れることは幾度もあったと。


「我々は注目されるような立場でもありませんし、気楽にいればよいかと」


「それもそうだね」


 海里は大勢いる招待客の一人に過ぎない。末端に連なる分家の当主の名代という立場でしかない海里を気に留める人もいない。

 目立つ行動でもしなければ、ただの背景と一緒だ。


「でも、落ち着かないのは変わらないなあ。俺も一応、王の血を引いているはずなんだけどね」


 海里に流れる血の半分は、妖の王のものだ。曲がりなりにも王族である海里ではあるが、きらびやかな世界とは無縁の人生を送ってきた。

 どちらが良いかなんて考えたことはない。あるがままの今を受け入れているから。


 その今もいつまで続くか分からないが、と海里は己の左腕に触れる。

 そう慣れた痛みが脈打つ左腕を。無意識的な行動はさりげなく、隣に立つレオンは気付かない。


「海里、ここにいたんだな」


 聞こえた声に海里は左腕に触れていた手を下ろして、笑顔を浮かべ直す。

 癖となっている笑顔は労せず、中世的な顔を彩った。


「星司。落ち着かない顔してるね」


「何度来ても慣れねぇよ、こういう雰囲気は。ぶっちゃけ今すぐ帰りたい」


 いつもは寝癖だらけの髪を丁寧に整え、似合わない燕尾服をまとった親友に苦笑を滲ませる。

 岡山総合病院院長の息子としてたびたびパーティに参加している星司ではあるが、その性情的にこういった場所には苦手意識が強いのだろう。


「月も挨拶回りに行ってるし、見知った顔を見つけて安心したわ」


 星司の視線を辿れば、美しく着飾った女性が立っている。この場にいる誰にも劣らない佇まいの彼女は星司の妻である。

 周囲への気配りを忘れず、貼り付けた笑顔で社交場を渡り歩く姿は流石の一言だ。

 幼少期から身についている振舞いは、彼女が高貴な生まれであることを知らしめる。


「月さんも大変だね」


「まあな。嫁いだとはいえ、春野家の人間ってのは消えないからなあ」


 貴族街での発言権は失われても、公の場では春野家の人間としての立ち振る舞いが求められる。

 貴族として生まれた宿命というやつだ。

 そう考えると王族でありながら、その手の義務と無縁に生きてこられたのは幸せなのかもしれない。なんて益体もなく考える海里は近付く影に気付いた。


「兄さんたちも来てたんだ」


「お久しぶりです。お姉様は挨拶回り中か」


 二人組の男女が並び立っている。海里の従弟である良と、その妻である夏凛である。

 星司にとっても後輩である良の佇まいは、華やかなパーティ会場に馴染んでいる。


 桜稟アカデミー――貴族街に唯一ある教育機関に通っていたお陰だろうか。

 随分と立派になったものだと、幼い頃を知る海里は親のような心境を胸に落とした。


「夏凛さんは挨拶回りに行かなくてもよろしいんですか?」


「軽くは済ませてきたから。私はそんなに注目もされてないしねー。ほら、こんなだから」


 レオンの問いかけに答える夏凛は、暗い色のドレスと黒に染めた自分の髪を軽くつまむ。

 多くが憧れを注ぐそれを夏凛は黒に染めた。


 貴族社会という閉ざされた空間で、異端と揶揄される行動するのはきっと覚悟がいっただろう。

 しかし、明るい笑顔の中には一つの苦難も映し出されない。


「むしろ気楽でいられるからいいけどね。ありのままが好きって言ってくれる人もたくさんいるし、ね?」


 その目が良を見る。互いに視線を絡ませて、気恥ずかしげに笑う姿には確かな絆があった。

 夏凛がその言葉を言えるまでに何があったのか、海里は知らない。けれど、二人の結びつきの強さは感じられて、温かい思いとともに笑みを零した。


「お姉様には感謝してるよ。昔からこういう場では矢面に立ってくれてたから。お兄様は留学中で、星は病弱でパーティに出席できなかったし……私も、抜け出してばっかだったし」


 視線の先で月が振り返り、わずかに目を丸くした。それから愛想笑いとは違う笑顔を浮かべてこちらへ歩いてくる。


「夏凛、久しぶり。元気だった?」


「久しぶり、元気だったよ。お姉様も元気そうでよかった」


 久しぶりに顔を合わせる妹と言葉を交わす月は男性陣の方へ目を向ける。


「武藤君と合流できたんだね」


「おう。やっぱ馴染みの顔はいいな。安心するわー。こういう場は肩が凝って仕方がねぇ」


「院長になるんだったら、慣れないと、だよ」


 笑う月に、星司は肩を落とす。そこにも確かな絆が存在している。

 星司と月。良と夏凛。二組の左手薬指には細身の指輪がはめられている。

 海里の指にはない小さな輝きは、本来なら目に見えない絆を形にしたものだ。


「武藤君、華蓮はやっぱり?」


「うん。今はレミと流紀さんが見てくれてるよ」


 藤咲家当主の代理という形で参加している理由を海里は笑顔で答える。

 人を安心させる笑顔。癖となっている笑顔。内に渦巻く感情を隠すのも自然と慣れた。

 こういうとき、すごく便利だと他人事のように考える。


「――みなさま、ご歓談中失礼いたします」


 凛と声が響き、場が一瞬にして静まり返る。自然と全員が一点へ視線を向け、続く言葉を待つ。

 海里たちもまた、多くに倣うように声のした方へ目を向ける。


 全員の注目を一身に受けるのは貴族街の頂点に君臨し続けた男性、春野和幸だ。初めて出会った頃からまるで年を取っていないその人は、慣れたように会場へ視線を巡らせる。

 圧倒的な風格は上に立つ者の証明。まとう威厳で広い会場を支配してみせる。


「この度は当家に足を運んでいただき、感謝致します。今日この日をもって私は当主の座を退き、隠居の身となります」


 隠居なんて言葉はまったくに合わない和幸の言葉に全員が集中して耳を傾けている。

 それだけ和幸という人間は貴族街で畏敬の念を集めていたということだ。


「これからはこの健が春野家の当主としてこの地を治めていくことになります。健はまだ未熟ながらも優秀な男です。この貴族街をよりよい方へ導いていくことでしょう。――健、お前からもあいつを」


 後ろに控えるように立っていた青年が和幸の言葉を受けて一歩前に出る。

 瞬間、空気が澱んだ気がした。明るかった空間が暗くなったような錯覚が海里を襲う。

 畏敬を注いでいたはずの視線が嫌悪を煮詰めて青年、健を見つめている。


「穢らわしい」


 聞こえた声に反射で振り向く。ほとんど間もなく振り向いた声の主を特定することは叶わない。

 何故なら侮蔑を零すのが一人や二人ではなかったから。


「――和幸様という偉大な方の後を継ぐこと、大変身の引き締まる思いです」


 言葉を紡ぐ健は爽やかな笑顔を貼り付けている。

 身長も伸び、年相応となった顔立ちによく馴染んでいる笑顔。本来の健を知っている海里には違和感が付き纏う。

 しかし、突き刺すような視線を四方から注がれながら、表情一つ変えない姿は彼らしい。


「和幸様も、星様も騙されているのだ」


「恐ろしい魔術を使うと聞いたぞ」


「悪魔と契約しているのよ」


 黒い声はやまない。離れた位置に立っていることもあって、海里の耳は健への誹りばかりを拾ってしまう。

 それはきっと海里だけではない、と隻眼で傍らに立つ面々を見る。


 怒りを隠せていない表情の星司と良がいる。二人は握り締めた拳を、それぞれ妻に掴まれている。

 そうして手綱を握られていなければ、きっと周囲に殴りかかっていただろう。


「任された重責に負けないよう、日々精進していきたいと思います」


 向けられる悪意に気付いていないわけがないのに健はそれを感じさせない。

 ただ月並みな挨拶に誠意だけを詰め込んで終わらせた。

 その後、和幸による乾杯の音頭があり、人々は歓談に戻る。


「どいつもこいつも健のこと好き勝手言いやがって」


「仕方ないよ。こういう閉鎖的な場所は外の人間に厳しいからね」


 桜稟アカデミーに入学してから数年、いやそれよりも前から健はそれを味わってきたことだろう。

 本人も覚悟していたことだった。なんて言って、納得できるかと言ったら別問題だ。


 言葉に出すことで湧き上がる怒りを発散させている星司を海里は柔らかく見つめる。

 ブラコンを演じるのをやめたと言っても、星司は確かに健へ愛情を注いでいる。切っても切れない兄弟という縁があるのだ。

 恐れで、優しさでそれぞれ遠ざけようとしても、消せないものがある。その事実が少しだけ嬉しかった。


「当家のパーティで気分を害されたようで、当主として謝罪いたします」


 聞き慣れた声が他人行儀をまとって投げかけられた。

 爽やかな笑顔を貼り付けた青年の姿を認め、それぞれ表情を変えた。


 本日より春野家当主となった青年、春野健。常にまとう浮世離れした空気は鳴りを潜め、非凡さは覆い隠されている。

 営業モード全開の健に声をかけられた星司は戸惑いを露わにしている。


「どうされました?」


「その他人行儀やめろよ……」


「そんな顔しないでよ、冗談だから」


 健が口調を崩したのと同時に海里は霊力の揺らぎを感じ取った。

 微風に肌を撫でられたような微かな感覚。術が展開されたのだ。

 わずかに表情を変えた海里に健は小さく笑う。


「少し目を逸らすようにしただけです。立場上、注目を浴びてしまいますからね」


 春野家当主という立場は親しい者と笑い合う自由を奪う。外の人間というハンデがある分、健に課せられているものは大きい。

 海里はふと母のことを思い出した。母もまた立場に縛られている。


「まあ、今は麗しき春野家の方々に注目が集まってるから必要ないかもしれませんが」


 苦難を苦と思わない。枷を枷と思わない。

 奪われた事実を些事と消化した健の姿は奪われた事実を不幸だと思っていない。


「健君も今は春野家の人間だろう?」


「俺は外の人間ですから。あの中に入る勇気はありませんよ」


 健が視線で示す先では四人の人物が談笑している。春野家の三姉妹とその父親である和幸だ。

 合流したばかりの和幸と星は健とともに挨拶回りをしていた。


「挨拶回りはもう終わったの?」


「今も一応、挨拶回り中だよ、良」


 小首を傾げながら健は小学生来の友人へ言葉を返す。

 それから一歩下がり、親しみを帯びていた表情を消した。代わりに宿るのは人好きを意識した営業用の笑顔だ。


「武藤家当主、武藤良様。岡山家当主、岡山星司様。藤咲家当主代理、武藤海里様。このたび、春野家当主となった春野健です。未熟な身ではありますが、よろしくお願いします、ってね」


 最後の最後で表情を崩して健は笑う。


「面倒臭いよね。大勢の前で挨拶したんだからそれで十分だと思うんだけど」


 一度挨拶した後に、個別で回る必要性が分からないと健は首を振る。

 気持ちは分かる。が、肯定するわけにもいかず、良と海里は呆れを浮かべた。


「わざわざ嫌味を言われに行ってる気分だよ。俺にはそーいう趣味はないんだけどなあ」


 自ら逸らした話題を口にする健。冗談っぽく彩られた言葉を聞いた星司は思い出したように怒りを表情に滲ませる。


「怒らないで。兄さんが気にすることじゃないよ」


「そうは言ったって――!」


「そもそも、俺は春野家当主になったんだよ? 嫌味を言った人に好きなだけ制裁を加えられる。気に入らないからって首を飛ばすこともできる。誰も俺には逆らえない」


 暴君なれる資格を与えられていることを薄い笑みで告げる健。

 嘲笑ってきた人間の機嫌取りをしなければならない彼らの方こそ同情ずるべきだと、その目が物語っている。


「若いからって舐めていられるのも今の内だよね」


 一桁の年齢の頃から健は貴族街で生きてきた。年齢で侮れないほど、健は裏社会を知り尽くしている。


「お前にすべて任せるつもりではあるが、度が過ぎたら流石に止めるぞ」


「……おう、幸さん。話はいーんですか?」


「乙女の会話にいつまでも父親が混じっているわけにはいかないだろ。俺は空気を読まず、娘に嫌われるような真似はしない」


 親馬鹿を全面に押し出し、滔々と語る和幸。真面目そのものの顔に健が冷たい視線を注いでいる。


「そんな真面目な顔で言うことじゃありませんよ……。王さ、幸さん」


「……お前、そろそろ言い慣れたらどうなんだ?」


 繰り返される言い直しに和幸は呆れた表情を浮かべる。

 春野家当主は和幸から健へ変わった。これから先、「王様」という呼称が示すのは健のことになる。


「意外だね。健君はそういう切り換え、得意そうに見えるのに」


「切り換えは得意ですよ。気が緩むと長年の癖が顔を出すってだけで」


 つまり気を緩んでしまうくらい、この場にいる面子を信頼しているのだ。

 その事実に触れ、海里は柔らかな眼差しを健へ向ける。良もまた同じ。


 和幸はからかうように口角をあげ、星司は安堵を滲ませた。

 四者四様の反応を順繰りに見た健は物言いたげな視線を寄越した。


「なんですか」


「いや? 可愛いことを言ってくれるものだと思っていただけだ」


 にやついたままの表情で答える和幸。場が違えば、健の頭を撫で回すくらいはしていただろう。

 からかう方に舵を切った和幸の目には、健を可愛がりたい衝動が疼いている。


「くだらないこと言っていないで挨拶回りに行きますよ」


 これ以上、この話題を続けたくないと無理矢理に話を切り上げる。

 それもまた可愛いと思っていそうな和幸は淡々と頷いた。


「……海里さん。話があります。合図を出したらバルコニーに」


 去り際、健は海里にそう告げた。潜められた声に海里は小さな頷きで答える。

 おそらく、“あれ”に関わる話なのだろうと。

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