夢と現実と私と
それは、私の学校だった。
廊下が見えてきた。いたのは、クラスメートの無口で少しぼさついた髪の男の子。そして、その男の子にいつもちょっかいをかける、皆より一回りほど大きな体の男の子。
でもちょっかい、と言ってもそれはいじめなんてものとは程遠く、仲がいいからこそどつきあったりイタズラしたりする。そんな二人だった。
そのはず、なのに。
今日は無口な男の子の様子がおかしかった。
朝、学校へ投稿してきたばかりのことだろう。
廊下での出来事だった。教室に来た無口な子の前に、大きな体の子が急に飛び出してきた。
「……!」
「ははっ、びびってんのか? ただのカマキリだぜカマキリ!」
大きな体の子が、大きなカマキリを持っている。無口の子はやけにおびえた表情で後ずさりしている。
おかしい、何でカマキリにそんなに怯えているの?
なんで、冷や汗をそんなにかいているの?
なんで、泣きそうな顔をしているの?
「もしかして虫が嫌いなのか? 男なのに情けねー野郎だなお前!」
げらげらと笑いながら近づく大きな男の子。無口な男の子は無言で首を振り、指さす。しかし、その指の先が向いているのは、カマキリではない。
大きな体の男の子の、顔。
「……それ、なに」
「あ? だからカマキリ……」
「違う!」
無口な子が急に声を荒げた。口はわなわわと震え、後ずさり、今にも倒れそうなくらいがくがくと震える両足。
流石に大きな体の男の子も不審に思い、カマキリを一緒にいた子に渡して近づく。
それでも無口な子の様子は変わらない。カマキリが原因じゃないの?
「くび、くびについてる……!」
「え、カマキリが?」
「違う、女の子が……首だけの女がいる……。髪が凄い長くて、口と目から血が出てて……」
「はあ?」
大きな体の男の子は「頭大丈夫か?」とでも言いたげな表情を浮かべる。
周りのクラスメートも、なんだなんだといった様子で駆け寄る。次の瞬間
「うわああああ嫌だ! 嫌だあああ!」
無口な子が絶叫し、一目散にどこかへ走り出した。
その声は廊下を曲がってもまだ聞こえてきて、他のクラスまで静まり返るほどのものだった。
「なんだアイツ。いきなりどうしたんだよ。おかしいんじゃねぇの?」
首を傾げる皆。
しかし、ある一人の女の子が、大きな体の男の子が着ていたパーカーのフードの中を見て、悲鳴を上げた。
「な、なんだよ!」
「なか、フードのなか……」
すると周りの皆も悲鳴を上げた。倒れる子、逃げ惑う子、一歩も動けない子もいる。何もわからないのは、本人だけ。
明らかに皆の様子がおかしい。混沌の原因となっている大きな体の男の子が、首の後ろに手を回してフードを引っ張り、中に手を突っ込む。
そこで掴んだものは。
赤黒い何かで染まりくしゃくしゃになっている紙が二枚。そして、その二枚の紙はよく見ると千円札、赤黒い何かは、血。
そしてそれには黒い髪が纏わりついていた。
「あ……」
力が抜け、手から落ちた千円札が床に落ちる。大きな体の男の子の手にも血がべっとりとつく。髪も。
そしてその髪と千円札から、蛆虫が湧き出てきた。
少なくともその大きな体の男の子にはそう見えた。
「う、う、う……うわああああああああ!」
絶叫。そしてそれは、周りにも伝染し、一クラスすべてを飲み込んだ。
私はそれを、ずっと見ていた。
どことも分からない場所から。
***
「嫌っ!」
がばっと布団から飛び起きる。寝汗で髪が額にくっつく。
見えるのは私の布団、私の机、私の部屋。
「ゆ、め……?」
額に手を当て、呟く。
何、あの夢。私、最近ホラー小説なんて読んでないよ?
「でも、夢でよかった……」
怖かった。ものすごく。私はその場にいなくて傍観者のような立ち居地で。
夢ではこんな訳の分からないものはよくあるけど、それでも夢を見ているうちは夢と実感しようが無い。
今、夢だと分かって心底安心した。
「あ、急いで学校行かないと!」
あわてて支度をしはじめた。朝食をかけこみ、時間がないと気づき怒られながらも生返事をしながら家を出る。
長い髪がボサボサだけど気にしない。
いつもの事。
しかし、いきなり腕をつかまれた。
え? 何、何なの?
思考が現実についていかない。気がついたら、視界に移るのはのこぎりと男の人。周りが暗くて、顔は分からない。
何、何なの。怖い怖い怖い。嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ。
夢だ、これも。あの夢の続きなんだ。だから私は大丈夫。死なない死なない。だって夢だもん。ありえないもん。
いきなり腕を引っ張られて、近くの空き家に連れて来られて、いきなりなんの理由もなく殺されそうになるなんて、そんなホラー小説やサスペンス小説みたいなこと、ありえるの?
あはは。ないない。絶対ない。
ね? だから言ったでしょ? 夢だって。
そこで私の記憶はプツンと途切れる。
不意に見えたのが学校の教室。あ、なーんだやっぱり夢だ。
夢の中で夢って実感できる事って、本当にあるんだね。私は初体験だけど。
あ、無口な子が教室に入ってきた。あれ、なんでそんなに怯えているの? なんでさっきと同じ表情?
もしかして私、同じ夢見てる? やだなあ、あんな夢早く忘れたいのに。
あれ、カマキリ持ってる手が見えるよ? あ、もしかして私大きな体の男の子になってるのかもね。
気付いたら男の子は逃げ出し、皆がフードの中のことで騒ぎ始める。
大きな体の男の子が、フードに手を入れる。同時に、私の髪が引っ張られる感触。痛い痛い! なにこれ!
ぶちぶちっと嫌な音がし、男の子の手にはあの血まみれの二千円と長い髪。
おかしいな。私、大きな体の男の子になってるんじゃなかったっけ?
なんで、フードの中に私の髪が入っていて、男の子が私の髪を抜いているの?
じゃあ、私は何? 何処にいるの?
蛆虫が出てくる。それが一クラスすべてを包み込んだとき。狂ったように叫びながら大きな体の男の子が廊下を走り出した。
水道の前を通り、鏡を見たとき。
男の子の首の後ろに、私がいた。
首だけで、目と口から血を流した私が。
「大丈夫、これは夢……そうでしょ?」
そうじゃないと、ありえない。
同じ頃、首から上の無い死体が空き家で見つかった事を、私は知らない。
夢ではなく、現実で起こっていることであるという事を、私は知らない。
知っていても、私の中ではあくまでも全部「夢」だから。
そう、これはただの「悪夢」
そうでしょ? そうだと言ってよ。
もう、夢も現実も、私の前では意味を成さない。
どっちに転んでも、一緒なんでしょ?
突発的な小説です。オチで驚くような書き方を……しようとしてできなかったものです(-_-;)
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