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スレチガイ  作者: 音竹咲夜花
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スレチガイ 中

帰ってから、急に小学校のみんなが転校する前にプレゼントしてくれた写真集が見たくなった。

クローゼットをあさって、昔の思い出が入れてあるダンボール箱を取り出す。

少しだけ息を吐いてダンボールを開けた。

最初に目に入ったのは手作り感溢れる周りがハートや星の模様で彩られた可愛らしい写真立てだった。中に、写真は入っていない。

そのすぐ隣にあったキラキラのシールや小学生らしい絵で表紙が飾られているノートを取り出す。遠足、運動会、学芸会など懐かしい思い出の写真がたくさん貼られていた。

私はどの写真でも大きく口を開けて笑っていた。とても楽しそうだ。

そしてそんな写真には岡野、さっち、学級委員長の松崎、いつも縁が厚い眼鏡をかけている園子や陽気な宮本、たくさんの人が写っている。私の隣には大体、同じ人物が写っていた。ストレートボブの髪に、左の頬にあるホクロが特徴的な女の子。


忘れたくても忘れられない、ことあるごとにまた思い出してしまう。

佐藤ナズナ。

家も近所で、保育園の頃からの仲良し。

私のことを美咲ちゃんと呼んで笑いかけてくれた。美人で優しい子だった。

性格は少し控えめで私の後に着いてくるような子。でも自分の芯をしっかり持っているところがあった。

本当に仲が良かった。離れていても、ずっとその友情が続くのだと思っていた。

思っていたのに。


小学三年生の帰り道、私はナズナに岡野のことが好きになったと告げた。

ナズナは少し驚きながらも笑って言ってくれた。


『そうなんだ。応援するよ、頑張って』


好きな人ができることも初めてだったし、とても緊張しながらナズナに話したのでそう言ってもらえてとても嬉しかった。


『うん、頑張るね!』


それから私なりに頑張ってみた。まだ精神的にも小さかったし、初恋だったので何をどうすればいいのかよくわからなかったけど、たくさん話しかけたり遊ぶ約束をしたりととにかく一生懸命だった。

それから四ヶ月ほどたったある日。その日の前日にナズナは風邪をひいてしまっていたので、私は家が近くにある別の友達の里美と帰っていた。そのとき、急に言われた。


『でもさあ、びっくりだよね』


『何があ?』


『岡野くん。ナズナに告白したんでしょ?』


『…え?』


思わず持っていた手さげ袋を落としそうになった。私が岡野を好きなことはナズナ以外誰も知らない。だから里美は悪気なく言ったのだろう。


『え?って…え?美咲知らないの?ナズナに聞かなかった?てか結構噂になってると思うけど…1ヶ月前だし』


『1ヶ月前?』


知らない。そんなこと聞いてない。おでこから変な汗が流れてくるのがわかった。


『あ…うん。知っ…てたよ』


咄嗟に嘘をついてしまった。里美は『あ、よかったー!びっくりした。話しちゃダメだったのかと思ったー』と笑いながら言った。

そこからも一緒に帰ったけれど、里美の話しは何一つ頭に残らなかった。ずっとぐるぐるとナズナと岡野のことが頭の中に渦巻いて吐き気すら催していた。


多分岡野が私じゃなくてナズナを好きだったこともあるけれど、ナズナが告白されたことを私に言ってくれなかったことが、悔しかったし悲しかった。


『何で、言ってくれなかったの』


『美咲ちゃん…』


病み上がりのナズナに詰め寄るのは気が退けた。でもそれ以上に裏切られた、という気持ちが強かった。


『私が傷つくと思ったの?』


『うん…だから言わなかったの』


そこでしばらく沈黙が流れた。


『それで、返事は?』


『え?』


『なんて返したの』


『それは…』


ナズナは口ごもった。

そのとき、放課後の教室に岡野が飛び込んできた。


『佐藤ー。サッカーのことでチラシ持ってきたー。あ、よお藤本』


『岡野』


『あ、話しの途中?今平気?』


『うん。今ちょうど話し終えたところだから』


『美咲ちゃ…』


『ばいばい』


もし、ナズナが振ったのならば岡野はこんなに気安く話しかけたりしないだろう。

どこか冷めた気持ちになりながら、廊下を走っていた。

それからナズナとは会話を交わさないまま数日がたった。いや、一回だけ話しかけられた。


『美咲ちゃん』


廊下を歩いていると呼び止められた。振り向くと申し訳なさそうな顔をしてナズナがそこに立っていた。


『あの…私と岡野くん付き合ってないよ?』


そのときにはもう、ナズナに対する怒りの感情はなくなっていた。ただよくわからない感情が胸に湧いていた。

それは何かあまりいいものではなかった。

だから。


『そっか…』


私は少しだけ笑った。笑って、ナズナの方に歩いていく。

そして。

すれ違った。

すれ違った瞬間に、激しく後悔の念が押し寄せてきたのもよく覚えている。

でも、振り返ることはしなかった。

ナズナもそれ以上私を呼びとめることはなかった。


私とナズナはそれ以降、表面上以外あまり関わらなくなった。以前のような関係に戻れなくなってしまった、という方が近いかもしれない。

多分、クラスメイトの目から見ても私とナズナに何かあったことは明らかだったと思う。

聞いてくる子もいたけれど、適当にはぐらかしているうちに段々何も言われなくなった。

結局ナズナが岡野に告白された後、どんな返事をしたのかということも月日がたつにつれどうでもよくなってしまった。


時々無性に寂しくなった。私が謝ったら元の関係に戻れるだろうか、とか色々考えたけれどその考えている時間でさえ心が辛かった。

そうしているうちに、ナズナと岡野の転校を知った。


岡野の見送りには行ったけれど、結局ナズナの見送りには行かず、体調が悪いと言って引きこもった。

お母さんにナズナが行ってしまったと聞かされた後に、久しぶりに激しく泣いた。



「あそこで行っていれば…何か変わっていたのかな…」


ナズナがいなくなった後は、ひたすら忘れようと頑張った。今はだいぶ心の傷も癒えたけれど

やっぱり完全に忘れることはできていない。


「ナズナ…」


この写真立てだってナズナがくれた最後の誕生日プレゼントだった。それを見ているうちに段々決心のようなものがついてきた。


同窓会に、ナズナは来るのだろうか。

わからない。わからないけど。

今会えたら、話せたら、また何か変わるんじゃないのか。


さっちのラインを開く。

覚悟を決めて、送信ボタンを押した。





「藤本、同窓会来るんだって?」


「うん。さっちと話し合って岡野と一緒に行くことにしたの」


「え、岡野?それって岡野拓也のこと?」


「そうそう。私の家の近くに住んでいたの。すごい偶然だよね」


「へえーそりゃすごい偶然だな」


宮本こと、宮本そらは小学校の頃一番といってもいいくらいの仲の良かった男友達だ。今もこうしてラインでよく連絡をとっている。


「同窓会発案したの俺なんだ。七月頃に急に思い付いて。みんな夏休みだし、中学三年は受験があるからなー。今が絶好のチャンスだって」


「ああ、確かにね」


「それにしても藤本と会うのも超久しぶりになるよな」


「そーだね。みんなに会うの楽しみだよ」


「じゃあまた明後日な。気をつけて来いよ」


「わかってるよ。またね」


スマホをベッドに置いて天井を見上げる。

今日は七月二十三日。同窓会は、明後日に迫っている。

ナズナにもし会えたら。なんて言おう。

会ってみたいという気持ちとやっぱり怖いという気持ちが五分五分といったところだ。


「でも会えたら、話しかけてみよう」


私は両手の拳をぎゅっと握った。




七月二十四日。

同窓会前日だったけれど今日はバトミントン部で遊ぶ約束があったので出掛けていた。

私は遊びに行くときの門限は基本六時なのでいつも学校と帰る時間と同じくらいに帰り道を歩いていた。

パンケーキを食べに行った日はいつものバスの終点の方で遊んだので、家の近くの帰りのバス停がすでに横断歩道の向こう側だったから女の子とはすれ違わなかった。

でも、今日は学校の最寄駅の近くで遊んでいたから帰り道がいつもと全く同じなのだ。

数人の人に紛れて、今日も立っていた。


「あ、いた」


その幽霊らしき女の子にはもはや一種の親しみのようなものが出てきた気がするけど、話しかける勇気は全くなかった。

今日もいつもと同じ感じですれ違うものだと思っていた。

その子とちょうど横並びになったとき。


「!!」


急に腕を掴まれた。

あまりにも冷たい感覚に、驚きすぎて自分の体だけ時が止まったように動けない。

横にいるせいでその子の顔も見えない。

冷たい手だけが食い込むように、ギリギリと私の腕を掴んでいる。

青信号が点滅している。もうすぐ赤になる。


(あ…どうしよ、動けない)


しかも向こうから自動車が音をたててこちらに走ってきている。

手を振り払おうにも体が動かない。


(どうしよう。このままじゃ轢かれちゃう!)


と思った瞬間、ぱっと手を離された。

同時に後ろから誰かにもう片方の腕を掴まれる。そのまま引っ張られて向こう側まで連れていってくれた。


「ばか!何やってんだ!」


聞き覚えのある声が聞こえてくる。

私はといえば驚きすぎて大きく目を見開いたままだった。かろうじて相手の顔を見て呟く。


「岡野…」


「大丈夫か」


「うん…てか、私今どうしてた…?」


「道の途中で固まってたよ。無理に引っ張ってごめんな」


「ううん…ありがとう。助かった」


「まったく。明日同窓会だぞー?気をつけろよなー。俺が通りかかったから良かったけど」


初めて。初めて何かされた。

しかもやっぱり岡野には見えていないらしい。

あの幽霊が岡野に助けられる機会を作ってくれたという考え方もできるけど、あれは…。


「た、助けてくれたお礼に何か奢るよ。飲みたいものある?」


「お、じゃあサイダーちょうだい」


「特別に大きい方を買ってあげましょう」


「いいの?やったー」


自分の分のりんごジュースを買ってベンチで一緒に飲む。岡野は今日も部活だったようでスポーツウェアを着ていた。

岡野と話をしていると心が少し和む。

あの時は、ナズナが好きだったようだけど最近はちょっといい感じになりつつあるし、このまま付き合えるようになったら嬉しいな。

そう思いながら帰っているとあの幽霊もやっぱり応援してくれているだけだと思えた。

明日、頑張ってみよう。





「俺、子供だけで新幹線乗るの初めてだよ」


「私も初めて」


私の家から地元まで新幹線で一時間と電車で四十分程だ。お母さんに心配されたものの岡野がいるから大丈夫だと言ったら「まあそれもそうね」と承諾してくれた。

新幹線に乗る間、私たちは小学校の頃のことを話し合った。岡野の話しの中にナズナが出て来なかったことに、少し安心した。

新幹線を降りて、一度別の電車に乗ったりもしたけれどアイスを食べて気を取り直し、どうにかこうにか地元の駅までたどり着けた。田舎と言ってもど田舎というわけではないので、電車が通っていてよかった。

駅に着いたときは私はもう死にそうなほど緊張していた。でも帰るわけにはいかない。


「岡野」


「おお。どうした」


「行こう」


「うん。そりゃ行くだろ」


「ごめん、ちょっと緊張してて」


「あはは、そっか」


確か待ち合わせ場所は小学校近くの大きな焼きそば屋さんだった。

地元の景色を懐かしみながらそこまで向かう。地図がなくても全然覚えていたのですぐ着くことができた。


(うわぁ…これ開けたらナズナがいるかもしれないのかあ…)


少々尻込みしながら扉を開けるのを渋っていると、岡野が後ろから来てガラリと開けてしまった。


(うわー!岡野!まだ心の準備が!)


「よお!みんな久しぶりだな!」


「ひ、ひ、久しぶり…」


岡野の後ろからひょこっと顔をだしてざっと中を見渡す。完全に貸しきりにしたようで、広い室内には見覚えのある顔ばかり並んでいた。


(あれ?でもナズナいない気がする。まだ来てないだけかな)


ひとまずほっとして岡野の後ろから出てくるとちょうどみんながこちらに駆け寄ってきた。


「美咲ー!久しぶり!」


「うわ!ほんとに岡野じゃん!久しぶりだな」


「藤本、俺のことわかる?」


「わかるよ、宮本でしょ?」


「ほらほらこっち座って」


中に入って見渡してみてもやっぱりナズナの姿は見えなかった。隣にいるさっちに聞いてみる。


「私たちで来るのが最後?」


「うん。多分他のみんなは来てるよ。全員は揃わなかったけどね。来れてない子は連絡したんだけど返事が返ってこなかったんだ」


「そー…なんだ」


なんだ。結局ナズナは来ないのか。少し拍子抜けしてしまった。

まあ来ないのなら仕方ない。同窓会を楽しむだけだ。

店主の洋平さんが鉄板で焼いた焼きそばを振る舞ってくれる。一口頬張って、その思い出の味に少しうるっときてしまった。

あとはみんなとの再会を楽しんだ。

さっちは髪を少し茶色に染めたようだ。お化粧も上手になっている。

学級委員の松崎は全く変わっておらず、しっかり整えられた髪にカッチリとした眼鏡をつけていた。どうやら東大を目指しているらしい。

里美は髪がすごく伸びていた。ツインテールがよく似合っている。

宮本もあまり変わっておらず、声が低くなっていたことくらいだった。

でも一番驚いたのは園子だった。三つ編みにしていた髪は全ておろしてあり、縁が厚い眼鏡もとって、お化粧をしている。

つまりすごく垢抜けていた。


「園子めっちゃ綺麗になったね!」


と言うと、「ありがとう」と控えめに微笑んでくれた。その笑い方は少しナズナと似ていた。

さっちによると園子には好きな人ができたらしい。


「みんな恋してるよねー?私は全然だよ」


とため息をついていた。

ひととおり仲の良い子たちと話して、みんなで乾杯をして焼きそばを食べて、最終的にはスマホで動画を流して大合唱したりした。

ナズナのことも忘れてしまうくらい、楽しい時間を過ごすことができた。

ナズナのことを思い出したのはさっちがこんなことを聞いてきた時だった。


「美咲ー。あんた今好きな人とかいないの?ほら、東京の学校の人とかさ」


「好きな人?」


「えー気になる気になるぅ」


里美や園子たちも集まってくる。

好きな人と聞いて頭に浮かんだのは岡野だった。その岡野はといえば今向こうで男子たちと何か話している。


「んー。いるかな。学校の人じゃないけど」


「え、まじ?学校じゃない…じゃ、ここ?」


「うん。ここにいる。誰かは言わない~」


「えー!教えてよ!」


「やーだよお」


「ちぇっ。教えてくれたら応援してあげるのになぁ」


はぐらかしながら笑っていると、急にミキエの声が頭に聞こえてきた。


『もしかしたらそのすれ違った子はさ、生前に美咲のことを知っていて美咲の幸せを陰ながら応援してくれているのかもしれないね』


生前に私を知っていた…。

脳裏にすれ違った子の姿がよみがえる。

じゃあ、その子は私のこと知っているの?


『応援しているね』


「ねえさっち。ナズナの連絡先知ってる?」


「え?あ、うん急だね。知ってるよ。スマホのラインとかじゃないけど担任の若林先生が住所知っていて電話したの。何回かかけたんだけど、誰も電話に出なかった」


誰も電話に出ない……。

ナズナは黒いストレートのボブ。伸ばしたら多分さらさらのストレートになっていたはず。


まさか……。


「さっち。ナズナの住所、教えてくれない?」











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