スレチガイ 上
ホラー小説初めて投稿します!
これから上、中、下にわけて投稿するつもりです。
読んでいただけると嬉しいです!
高評価、ブック―マーク等ぜひお願いします。
「美咲、ばいばーい!」
「ばいばーい!また明日ね」
オレンジ色の夕日が差し掛かったバス停で私は親友の明美に手を振った。
今日は七月十五日。夏休みもあと少しというところまで来たせいか私、藤本美咲は鼻歌を奏でながら帰り道を歩いていた。
私は私立の中学校に通っている二年生だ。高校が付属なのでよほど成績が落ちない限り高校受験もないし、今年の夏は思いっきり遊ぶ予定だ。
「何して遊ぼっかな。プールもいいし、お祭りにも行きたいし…。お泊り会とかもいいよね」
独り言をつぶやきながら足取り軽く歩いていく。間近に迫る横断歩道を渡ってまっすぐ歩いて右に曲がれば、すぐ私の家だ。
三年前、私はお父さんの仕事の都合で田舎から東京に引っ越してきた。最初は慣れなかったこの道も今ではなじみ深い風景として頭に焼き付いている。
青信号が点滅し始めた。念のため歩道で足を止める。
「もう六時か。少し遅くなっちゃったな」
私の家から学校まで電車とバスをつかって一時間半ほどだ。六、七時間の授業に部活もあるのでこの時間は仕方がないとも言える。
六時にもなると私と同じく帰る人も多い。歩道の向こう側にも学生服の人やスーツ姿の人もちらほら見える。
そんな中の一人。
黒いワンピース姿の背が高い女の子が突然目にうつった。
ストレートの髪を下ろし、手には何も持っていない。そしてぐっと下を俯いて立っていた。
(見かけない子だな)
三年とはいえ近所の人たちの顔はある程度見知っている。歩道の向こう側の人たちも一度は見たことのある人たちばかりだというのに…。
(引っ越してきたのかな?)
信号が青になった。
時が動き出したかのようにみな一斉に横断歩道を渡りだす。
私ももちろん歩き出した。
そしてその子もこちら側に向ってくる。
(あ)
その子はどんどん近づいてくるというのに、一向に俯いたままで顔が見えない。
(すれ違う)
さらりとした髪、黒い袖からのぞく雪のように白い肌。
(!?なにこれ!?)
そしておぞましいほどの冷気を感じた。
全身に鳥肌がたつ感覚がする。
その気持ち悪い感覚に悪寒を覚えて、はやくその女の子から離れようとした。
「きゃあっ!」
足を早めたところで思いっきり誰かとぶつかる。その反動で後ろに倒れてしまった。
それは相手も同じだったようだ。前から「いってて…」という声が聞こえてくる。
「ご、ごめんなさい!大丈夫ですか?」
焦ってあわてて立ち上がった。何やってるんだ私。目を瞑っていたわけでもないのに真正面から人とぶつかるなんて。
「あ、大丈夫大丈夫。全然平気です」
ぶつかったのは私と同い年くらいの男子だった。部活帰りなのかスポーツウェアを着ている。
「君は?怪我してない?」
「はい…大丈夫です」
スポーツウェアについた汚れを一緒になってはらっているとその男子とばっちり目が合った。
おお。イケメンだ。というかどこかで見たことある顔だ。あれ…?
「岡野…?」
真っ先に頭に浮かんだ名前を呟くと男子は驚いたように言った。
「え、うん。あれ?あ、もしかして藤本?」
「そうそう。え?マジ?なんでここにいんの!?」
青信号が点滅し始めた。とりあえず二人で向こう側に渡りきる。岡野はまた戻ったことになるが。
車がまた走り始める中で傍にあった自動販売機の前のベンチに腰掛けた。岡野は自動販売機で何かを買っている。
「俺んち、あっち側にあるんだよ」
岡野が横断歩道の向こう側を指し示す。
「でもちょっと飲み物欲しくなっちゃってな。自動販売機があったからこっちに来たわけ。普段ここ通んないんだけどな」
ほいっと何かを投げられて思わず受け取る。冷たいリンゴジュースの入った小さい方のペットボトルだった。
「え、いいよ」
「俺さっきコーラ買っちゃったし。お前確かリンゴめっちゃ好きじゃなかったっけ?給食の時にいつもリンゴのジャンケンしていた記憶があるんだけど…」
「そうそう。よく覚えてるね」
岡野こと岡野拓也は地元の小学校の同級生だった。他の友達もいたけれど一緒に遊びに行くほどは仲が良かったし、私の初恋の相手でもあった。しかし、私が小学四年生に上がる前らへんに突然転校してしまったのだ。
転校先は東京とは聞いていたものの詳しい住所は知らなかった。
「まさかここら辺に住んでるなんてね…」
「藤本はどこに住んでるんだ?」
「私?私はこの道をまっすぐ歩いてそこを右に曲がればすぐ着くよ」
「あー。結構近いな。今まで会わなかったのが不思議だわ」
「時間帯とか違うと全然会わないもんね。しかも普段はこの道通らないんでしょ?」
それから二人でベンチに腰掛けながら他愛もない話で盛り上がった。
中学校のこと、部活のこと、友達のこと…。
何年振りかなのに昔のように笑って話をすることができた。
そうして気が付けば日が沈んでいた。
「え、待って。今何時!?」
「今?七時だな」
「うわ、やばい。私帰らないと!夜ご飯の時間だわ!」
スカートのポケットから慌ててスマホを出すと、お母さんから鬼のように電話が来ていた。
「ごめん!帰るね!」
「待て待て!ラインだけ交換しよ。せっかく会えたんだしさ」
「あ、うん。わかった!」
岡野と急いでラインを交換すると私は脱兎のごとく家に帰った。
その後「パスタがのびちゃったじゃない」とお母さんに怒られたのは言うまでもない。
「あー。お風呂気持ちよかったあ」
スマホを手に取ってそのままベッドに沈む。
ラインを確認すると岡野から「よろしく」というメッセージとスタンプが送られてきていた。
私も画面をタップしてなるべく可愛いスタンプで返す。
岡野と会えたことは嬉しかった。正直少しはときめいた。でも…。
手をぎゅっと握りしめる。嫌でもいまだに鮮明に覚えている声が頭に響いた。
『美咲ちゃん、』
「もう、終わったことなんだし」
そう口にするとふとさっきすれ違った子が頭に浮かんだ。
あの冷たい感じは何だったのだろう。もしかして…。
「幽霊…」
私はどちらかと言えば幽霊を信じている方だ。何か幽霊の気にさわることでもしてしちゃったのかな。
もやもやを打ち消すように首を振った。
気分転換にアイスでも食べに行こうと、私は台所に向かった。
「霊力?」
「そうそう。何でもおじいちゃんによればね、亡くなってから四十九日以内の成仏していない霊の力は絶大らしいよ。生気と死気を両方持っているからだって」
「霊力って具体的にはなんなの?」
「えーとね、人を呪い殺すとかもできるらしいんだけど大体自分の残された家族のために使うことが多いらしい。守護をつけたりとか近くにいる悪い霊を追っ払うとかね」
放課後、冷房の利いた部室。
運動は好きだけれどそんなに厳しくない部活がいい。上下関係も面倒くさくないのがいいと思って私が行き当たったのは中学女子バドミントン部だった。うちの学校の男子バトミントン部は結構強いらしいけど、女子バトミントン部は週二、三回でゆるーく楽しく活動していることで校内でも有名である。中学と高校も分かれていて先輩とも年齢が近いせいか仲が良いし、一応試合なども出ることはあるが暑い体育館に出るのが嫌でこうして部室でうだうだしているのも許されるのだ。
私と同じことを思った子も多いのか人数は結構いる。
今この部室にいるのは話をしている友達のミキエと理沙、私、そして明美の四人だ。さっきまではあと五人ほどいたけれど今は体育館で練習をしている。
熱中症気味になった明美と理沙を私とミキエが付き添ったのだ。今はみんなでポカリを片手にミキエの話を楽しく聞いている。
ミキエはバトミントン部で知り合った子だけれど、多趣味で色んなことを知っていて話が本当に面白いのだ。特に怖い話においては随一と言っていいほどで、先輩と後輩たちも交えて部室でミキエの「意味がわかると怖い話」を聞くことが最近の日課になっている。
「あ、そうだ。私さ」
だから昨日のこともミキエに聞いてみようと思った。
「私昨日帰り道の横断歩道で不思議な子とすれ違ったんだよ。サラサラの髪に黒いワンピース着てるの。それで近づくとすごい冷気を感じてね。急いで離れようと思って足を速めたらそこで人とぶつかっちゃって」
そこで少女漫画が大好きな理沙がキラキラと目を輝かせた。
「え、まじ?イケメン?」
「それが小学校のとき転校しちゃった仲が良い友達でさ。しかも初恋の人」
「ええー!それ運命じゃん!」
「ふんふん、なるほどね?」
ミキエはそこでポカリを一口飲んでごほん、と咳ばらいをした。
「冷気を感じた、ってことは幽霊の可能性が高いかもね。普通の人間に冷気を感じることもそもそもあんまりないし。もっとも、一分前に冷蔵庫に入ってたとかだったら話は別だけどさ?」
「あーそっか。やっぱり幽霊なのかな」
「なんか美咲、いやに冷静だね」
「うーん。そんなにすごい怖いって感じじゃなかった。全身に鳥肌がたつような感じ?気持ち悪い、の方が正確かも。というか岡野…あ、ぶつかった人ね。に会った衝撃が大きすぎて帰るまで忘れていたくらいだったから」
「もしかしたら、その幽霊が岡野くんに出会わせてくれたのかもしれないよ。だってえ、その子とすれ違わなければ岡野くんとぶつかってなかったかもしれないし」
「あ、確かに岡野は普段あの道通らないって言ってたかも。たまたま自動販売機で飲み物買おうとしたから通ったんだって」
やっぱり運命だー!とさわぐ理沙をよそにミキエは優しく私に笑いかけた。
「私の意見が合ってるかは全然わからないけどさ、もしかしたらそのすれ違った子は生前に美咲のことを知っていて幽霊になった今でも美咲の幸せを陰から応援してくれているのかもしれないね。というかそう考えた方が、なんか良くない?」
「今日もいるのかな」
「どうだろうね。私も着いていこっか?」
「大丈夫だよ、明美。別に何かされたわけじゃないしさ」
「そっか、じゃあまた明日ね。車に気を付けて」
明美はたまたま家が近くで行きも帰りもいつも一緒だ。優しくて気遣いができるし、趣味も合うので自信を持って親友と言える存在でもある。
昨日と同じように、明美と別れてあの横断歩道へと向かう。
そして向こう側で信号を待っている人たちの中でその姿を見つけた時、胸がドクリとした。
「いた…!」
おろした髪に黒いワンピ―ス。昨日とまったく同じ服装だ。
相変わらず深く俯いていて、顔は全く見えない。
信号が青になると昨日と同じく、私たちはすれ違った。
やはりゾワリとするような冷たい感触。でも何もしてこない。
(でもさっきのミキエの話のせいか…そんなに悪い感情はわかないかも)
昨日は岡野とぶつかってそのまま話してしまったので後ろ姿が見えなかった。今日は見てみようと思って向こう側にたどり着いた後に後ろを振り向く。
「あれ…?」
その子の姿は忽然となくなっていた。目に映るのはその子以外のさっきすれ違った人たちだ。
「消えちゃったのか…振り向くタイミングが遅かったのかな」
でもやっぱり幽霊だと確信を持つことができた。私は人生で初めてこのようなものに会ったので少し興奮もしていた。
(帰ったらミキエに報告しよう)
そう思って今度こそ帰ろうとすると「藤本!」と呼び止められた。
振り向くと、横断歩道の向こう側で岡野が手を振っていた。
そこから夏休みまでの四日、私はその子とすれ違いつづけた。
四日間ずっとおろしたサラサラの髪に黒いワンピースという服装は変わらなかった。
返された成績表が少しだけ上がっていて、明美たちとカラオケで打ち上げをして少しだけ遅くなった日にも変わらず、横断歩道の向こう側に立っていた。
その子とすれ違った後に、打ち上げで遅くなった日以外は岡野に声を掛けられた。
「っていうこれらのことをたすと、やっぱりその子は幽霊だけれど私と岡野の仲を応援してくれているって気がするんだよね!」
「な、なるほど…?」
夏休み初日に明美が前から行きたいと言っていたカフェで頼んだクリームソーダをすすりながら言う。
明美はパンケーキにクリームをつけながら聞いてきた。
「それで最近岡野くんとの仲はどうなの?初恋って言っていたけどまた好きになっちゃった感じ?」
「んーうん。好きになったかもしれない。話していて楽しいし面白いし、優しいところあるしさ。というか夏休みどっか行かない?ってなった」
「ええ?二人で?」
「多分ね」
「いいじゃーん」
「そういう明美もどうせ彼氏とデートするんでしょー」
「んー?まあね」
明美はその性格と可愛らしい顔立ちからとにかくモテる。大変モテる。今だってサッカー部レギュラーのイケメンな彼氏がいる。
一方の私はと言えば全然モテない。全くモテない。一応男子の友達は普通にいるのだが中学に入って告白されたことなど一度もない。というか小学校のころからあまり女の子扱いをされていない気がする。
だから小学校のころから私を女の子扱いしてくれた、岡野が好きになったのかもしれない。
ピロン
「ん?ラインだ」
「誰からー?」
「ああ、小学校の友達」
スマホの画面に「さっち」と表示されていた。私の小学校の頃の仲の良い友達、名前は高田幸子といって、今でも頻繁に連絡をとりあっているうちの一人だ。
「美咲ー?今夏休みじゃん。二十五日にさあ、転校しちゃった友達とか連絡とれる人は呼べたら呼んで学年で同窓会しない?ってなったんだけどどお?来れる?」
同窓会…。
「ん?美咲?どうしたの?」
急に元気がなくなった私を心配したのか明美が声をかけてくれる。
「あ、ううん。何でも…ない」
本当は何かあったのだろうと察してくれたのだろう。明美は「そっか」と言って、それ以上踏み込まないでいてくれた。
私の頭にまた声が聞こえてくる。
『美咲ちゃん』