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神花

作者: 国樹田 樹

 棺の中で娘が微笑んでいる。


 私は涙を流しながら娘の顔を見下ろし問うた。


 なぜ、人柱となるのに笑っていられるのかと。


 死に装束と同じ白い花嫁衣裳の娘はそんな私に微笑みを絶やさぬまま、胸の前で細い指先を合わせて語り始めた。


「だってお父様。わたくしやっとあの御方のもとへ逝けるのですもの。これを喜ばずして何を喜べとおっしゃるの」


 やっととはどういう事か、あの御方とはどういう事かと私は娘に続けて問うた。


 話の合間にも花嫁となる娘の額からはありえぬ筈の樹々が突き出し、赤い幹が鬼の角がごとくせり出している。

 私は変わり果てていく愛しい娘の棺に吉祥の白鶴を添え、仏の定めたもうた運命を呪った。


 今や娘の心は夢の中にあるのだろうと悲しみながら、滔々と語る鈴のような声を聞いてやる。


「お父様、わたくしずっと不思議に思っておりましたの。なぜ、私の髪は碧いのでしょう。なぜ、わたくしの肌はこのように色無く白いのでしょう。瞳の色も村のものとは違っておりまする。……ずっとずっと、不思議に思っておりました」


 娘の告白に私は両手で顔を覆った。なぜ、めしいの娘が己の髪や肌の色を知っているのかと。


 私がどうしてわかるのかと尋ねれば、娘は見えぬはずの瞳をこちらに向けた。


「識っているのです。教えてくれましたから。あの御方が」


 あの御方とは誰かと聞いても、娘は首を横に振るだけ。


「お父様。えきの神様にはわたくしが寄り添います。わたくしがこの懐剣でもって病の根を断ち斬りましょう。筥迫はこせこに入れた守り札でこの国を御護りいたしましょう。ですからどうか、残された人々と共に、お健やかにお過ごしくださいませ」


 愛しいお前が召されて、私がどうして健やかに暮らせようかと言い募れば、娘は花のかんばせに涙を浮かべた。


「それでは浮かばれぬのです。わたくしは、お父様に憂いを残したくはないのです。どうかわたくしのことを思う時は、空や山や川が、桜花に染まるころだけにしてくださいませ。わたくしは白い鶴となって、花見るお父様を見守りましょう」


 とりどりの春花に包まれながら、娘が笑う。


 社の外では娘を送り出す祭囃子が鳴り響き、笛の音が春の香りに溶け消える。

 病に侵された我が娘は、これより疫の神の花となる。


 愛しき娘。愛しき我が子よ。

 花よりもなお花らしく美しく咲いた我が娘よ。

 疫がはびこるこの世で、お前の命が消えるなど誰が教えてくれただろうか。


「愛しい娘よ。まだ先の世でしたいこともあったろう、願ったこともあったろう、叶わぬ無念、晴らせぬ親を許しておくれ」


「いいえ、いいえ。悔やまれますなお父様。どうかこれよりはわたくしの分も目一杯生きて、生きて、生き抜いて、そして天上にて再び親子とあいなりましょうや」


 娘が笑う。涙を流して娘が笑う。

 その瞳に光を失くし、肌からは色を失いながら娘が笑う。


「ととさま、相まみえた日にはまた、たかいたかいをしてくださいませね―――」


 そうして我が娘は、神に供える『花』となった。


 請い願う。


 娘と同じく、花のごとく散った人々よ。


 どうかどうか、幸せであれ。


 天上で苦しむことなく、健やかであれ。


 残された私達は白鶴を折り、空へ送ろう。


 祈りと、願いと、再び相まみえる事を、思って。



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