君は幽霊だった
「君は現実なのか?」とぼくがきいた
「そうよ」
若い娘が胸から血を流しながらぼくの前に立っている
胸にナイフが刺さってる
普通なら、百十番するとこだけど、身体の向こうが透けて見えるのだ
「しかし、服がシースルーならともかく、身体ごと透けてるぞ。とても、現実とは思えないけど・・・」
「あなたに殺されたから・・・ あたしをさらって、犯して、ナイフを刺して
怨みをはらしに来たの」
「待て。誤解だ。ぼくは君なんか、殺してない」
「なんかとは何よ。あなたには只のなんかでも、あたしにはたった一つの生命なの。縛って、裸にして、何度も犯して、最後にナイフで切り刻んで・・・ 許せない。復讐してやる。とり殺してやるわ」
娘の姿が変わって、裸で目隠しをされ、縛られて胸の辺りの傷口から血を滴らせている
思わず、目を背けてしまう
気の弱いぼくにそんな真似が出来るわけがない
「誤解だ。ぼくじゃないってば」
「あなたよ。間違いない」
胸が締め付けられるようになって苦しい
幽霊の霊力だろうか?
傍迷惑な力である
「ででででもしかし、君は目隠しされてた。ぼくの・・・じゃなくて、相手の姿を見たのか?」
「見てないけど。分かるの。あなたよ」
「なで分かるんだ」
「三途の川で渡る順番を待ってたけど、悔しくて、くやしくて、この怨み晴らさいでかって取って返したら、あなたがいた。だから、あなたが犯人だわ」
「待て。いい加減な。とにかく胸を締め付けるのをやめてくれ。話せば分かる」
「問答無用」
「待てってば。君は二二六事件の将校か! まったく。早とちりの馬鹿娘とか、よく言われないか?」
「早とちりはよく言われるけど、馬鹿娘まではないわ。失礼ね」
「落ち着け! とにかく考えてくれ。君はいつ何処で殺されたんだ」
「そこの工場跡よ。この橋渡っていたら、襲われて、そこの工場跡に連れて行かれた」
工場跡か、でもそんな事件は聞いてない
「裸にされて、縛られて、何度も犯されたあげくに殺された、でも、その遺体が未だ見つかっていない。だから君は浮かばれなくて、こんな処をウロウロして傍迷惑な勘違いからぼくを襲ってるに違いないと思う」
「違う、縛られてから、裸にされたの」
「どっちでもいいだろ」
「よくないわ」
「ともかく、そこに行って、君の遺骸を見つけて、葬ろう。そうすれば、君も浮かばれるかもしれん」
「浮かばれたくない。怨みを晴らしたいのよ」
「遺体を見つけて、警察に知らせれば、犯人を捕まえてくれるだろう。時に、そいつ、コン◯ームしていたか?」
「馬鹿ねえ。死んでるんだから、妊娠なんかしない」
「馬鹿はそっちだ、馬鹿女。精液が残ってれば、DNA検査で犯人を見つけやすいだろうって話だ」
「バカって何よ。馬鹿って。もし万が一、あなたが犯人でないとしても、犯人を取り殺した次いでに取り殺してやるから」
鬼気迫る姿でそう云う事を言われると、実際に怖いのだが、なんかピントのズレた幽霊の気がする
「早く、殺害現場に案内してくれ、遺体さえ見つければ、君の誤解を解けそうな気もするから」
「まさか、工場に連れ込んでまた殺そうとか思ってないよね」
「馬鹿だな。もう死んでるんだろ。死人を殺す方法なんか、知らん」
「馬鹿馬鹿って、なによ」
とぼやきながら、君は工場の方に進んだ
宙を浮いている割に、スピードは遅い
ぼくはゆっくり後を追った
「そこよ」
と君が指差した先に、女が目隠しされて、縛られていた
常習犯か、よかった、この馬鹿幽霊女はともかく、別の女性は救えるというものだ
近くに手頃にも落ちていた棒を拾って握りしめ、靴を脱いだ
ぼくは、テレビでよくある、靴音をバタバタと響かせながら走るような馬鹿でないのだ
ヒタヒタと走り、真後ろまで行って、力の限りに棍棒を振り下ろした
男が倒れる
スマホを取り出して、百十番する
「〇〇町の工場跡で、女性が襲われてます。犯人は一応棍棒で殴り倒しましたが、気がつくと怖いので、早く来てください。電話はかけっ放しにしておきますから」
と言って、スマホをシャツのポケットに入れ、女性の目隠しを外した
「はっ」と息を呑む声が背後でした
振り向くと、君が目を丸くしている
「なんだよ」
「あたしだ」
「えっ、君は死んでるんだろ。という事は、この女は死んでる?」
女を見ると、ぐったりはしているが、生きているようだ
足の紐を外し、手の紐を外して、ゆっくり地面に下ろした
君が戸惑ったような声で言う
「どういう事? あたし生きてる」
「知るか、ならもう一寸遅めに来れば、よかったな。君の裸を見られたわけだ、さっきの不気味なやつじゃなくてね」
「なに馬鹿言ってるの」
「馬鹿は君の方だろう。死んでもないのに、早とちりで、幽霊になんかなって」
「でも、お陰でこの人が助かったのだから」
「この人って・・・、君だろ」
女が、変な目でぼくを見ていた
「もう大丈夫ですよ。警察ももうじき来ますから」
「誰と話してるんですか」
えっと振り向くと君の姿がなかった
犯人は捕まり、女は病院に運ばれた
ぼくも一応警察に連れて行かれた
「表彰もんです」
と言われつつだったが、警察で電話のことを訊かれた
「なんだよ」「えっ、君は死んでるんだろ。という事は、この女は死んでる?」「知るか、ならもう一寸遅めに来れば、よかったな。君の裸を見られたわけだ、さっきの不気味なやつじゃなくてね」「馬鹿は君の方だろう。死んでもないのに、早とちりで、幽霊になんかなって」「この人って、君だろ」
と、この変なひとり会話の訳を訊かれたのだ
君の声は録音されてなかった
「何と言いますか、あのう、死んではいなかった女性の幽霊がぼくの前に現れて・・・・」
という話を刑事さんは聞き流し、なかったことにした
そのあとで、さっきの女性に会って、礼を言われた
一旦病院に行ってから、警察に連れられて来たようだ
怯えた感じで、幽霊だった時の馬鹿で高飛車な感じはなかった
刑事さんが、深夜だし、家まで送ってくれると言う
車の中で
「珈琲を飲んでいって下さい。一人だと怖いから、暫く一緒にいて下さい」
と誘われて、警官が変な目で私を見ていたが、気にせず、彼女の家に行った
ワンルームのマンションである
ベッドがあって、絨毯が敷いてあり、小さな食卓があった
まだ震えながら珈琲をいれてくれる
「大丈夫ですか」
「怖いんです。あなたがいてくれるから、少し落ち着けてますけど」
「よかった。なんなら朝までここに座ってますから」
「お願いします」
会社に行くのにあれだが、事情を話せば納得どころか、面白がってくれるだろう
ポツポツと話すうちに、彼女が眠たそうになってきた
「あんな目に遭って、疲れたでしょう。朝まで見張ってますから、寝て下さっていいですよ」
そう言うと
「では少しだけ」
と私の背後に回って、そのままの格好で寝るのかと思ったら、着替えを始めた。背後だからいいようなものだが、前に鏡があって、映っている
こんな時だから、じっと見たりはしないが、目の端に映る
シャツを脱いでスカートとかも脱いで下着姿になり、ブラまで外して前開きの寝衣に着替えて、バスルームに行き、歯や顔を洗ってる
やはり変な女なのかもしれない気がする
「すいません」
謝ってから、ベッドに横になった
暫くして、振り向くと、目を見開いて、私をじっと見ていた
「眠れないの?」
「怖いんです。あなたが帰ってしまわないかって」
「ずっといるから大丈夫だよ。なんなら、手を握ってようか」
彼女はベッドの端に動いて、意を決したように言った
「すいません。ここに寝て下さい」
「えっ、はい」
普通なら、女性にベッドに誘われるなど、この上ない喜びなのだが、そういう意味ではあるまいと、上着と靴下だけ脱いでベッドに入り、彼女の頭を肩の上に乗せて、そっと抱いた。すると安心したのか、すぐ寝息を立て始めた
よほど疲れていたのかな、そう思っている間に、私も眠ってしまった
夢に君が出てきた
「あっ、・・・」
「あっ、てなによ」
「君はここにいて生きてる。出てくる理由がないだろ」
「あああっ」と君は笑った
「一寸、間違えたの。その子、あたしじゃない。あたしが殺されてからもう二年になるのね。怨みは募れど相手わからずで、三途の川縁で茫としてたら、昨日のあれでこの世に戻ってきちゃった。でも、自分の事件とこの子の事とがこんがらがって、この子で出ちゃったみたい。二年も茫としてたら、自分の顔なんて忘れるよね」
そうは思わないけど、と言いたいが、君は話し続ける
「あたしを殺した奴がまた現れたから、三途の川から急いで引っ返して怨みを晴らそうとしたら、最初に出会ったのがあなただったから、あなたが犯人だと勘違いしてしまったわけよ。有りがちな間違いよね」
「そうは思わないけど」
「そうなのよ。一編死んだらあなたにも分かる筈だわ」
「そうなものなのか」
「そうなのよ。それでね、あの工場跡には、あたしの他に未だ三人埋まってるから、見つけて欲しいの。骨が出たから、安らかに眠れるって訳でもないけど、あいつが殺人犯で四人も殺してるって、死刑にしてほしいの。もし警察が見つけられなかったら、言ってやってね。未だ四人埋まってるって。それから、昨日あなたが言ってたみたいに、あたしの遺体の中にはあいつのアレがあるから、DNA鑑定ができる筈だわ」
「わかったけど、刑事にどう言うか? 君が、直接言ったらいいのでは?」
「うーん。やってみるけど、どうかなあ。巧くいかなかったらまた相談しましょう。じゃあね」
「待て。未だ出るつもりか」
と叫んだが、君は既にいなかった
朝の光の中で目覚めると、女が私を見ていた
「そういえば、君の名をまだ聞いてない」
「瑠奈よ。臆病な月の女神なの」
「瑠奈チックか、いい名前だな」
「ありがとう。食事を作るから食べてね」
瑠奈は三日ほど休むと言い、私もその日は休みにした
「どうしよう」
「まだ怖くて、震えてるの。もう少しの間、ひっつき虫させてね」
「いいけど、この格好で寝たから、着替えに帰りたいな」
「ついて行くわ」
と言うので、二人で私のマンションに移動する
入るなり
「広いのね。今夜はここに泊めてね」と言った
えっ、と心中で驚く
「いいよ。ソファベッドもあるから二人寝られる」
そう答えると、少し変な目で睨んだ
「じゃあ、あたしの家に戻って、着替え取ってこなくては。往復ね」
また瑠奈の部屋に行って、服やら下着やらコップまで、色んなものをスーツケースに詰め込んで移動する。何日泊まるつもりなのだろう
私の部屋に荷物を置いて、食材を買いに行った。食事を作ってあげると言って、また大量に買い込む。瑠奈が食材を選んでいる間に、私も少し買い物をした
さて、その夜、食事して、風呂に入って、さて寝ようかと、ソファベッドを組み立てようとすると、「今夜も一緒に寝て欲しい」と言う
いいけど・・・、悩むのだ、子供のように一緒に寝るだけがいいのか、どうか
瑠奈は昨夜よりやや薄めの生地の寝衣を着ている
誘われている気もするし、昨日の今日だからなあ、抱こうとすれば怯えるかもしれないし、と
優しい男に悩みは尽きないのだ
結局その夜はお休みのキスだけで済ませた
欲求不満が溜まりそうだが、仕方なかった
翌日、会社で仕事していると、瑠奈から警察が来て欲しいと言ってきてる、と連絡があって、一緒に行くことになった
この前と同じ刑事が、ご苦労様ですと言う
「犯人はあなたに殴られた怪我も治って、明日から事情聴取する予定ですが、森田さんからもう少し伺っておきたいと思いまして、余罪がありそうな気もするのでね」
「あの工場跡は掘ってみました?」
「なぜです?」
いやあ、と呟いて、説明し難いなと思いながら、しかしあの殺人鬼をレイプ未遂だけで終わらせるわけには行かないと考えた
「ぼくをあそこに連れて行った幽霊が夢に出てきて、あそこに自分の遺体が埋められていると言ったんです」
「幽霊ですか・・・」
刑事が言い淀んで、レコーダーのスイッチを押した
「なんだよ」「えっ、君は死んでるんだろ。という事は、この女は死んでる?」「知るか、ならもう一寸遅めに来れば、よかったな。君の裸を見られたわけだ、さっきの不気味なやつじゃなくてね」「馬鹿は君の方だろう。死んでもないのに、早とちりで、幽霊になんかなって」「この人って、君だろ」「もう大丈夫ですよ。警察ももうじき来ますから」
「誰と話してるんですか」
最後に瑠奈の声が入っている
「確かに不思議な気もするのですがね、警察としては幽霊が言っているからどうこうとはやり難いですな」
「でしょうね。でも地面を掘れ返すくらいならなんとでも理由をつけられるから・・・」
そう言いかけた時、刑事の背後に君が現れた
「名前を言って。失踪届とかが出てるだろうから」
ポケットからメモとペンを出す
「加納美幸、住所は・・・」
と言うのを書き写して刑事に渡した
「調べて下さい」
刑事が紙を持って部屋を出た
瑠奈が不思議そうに私を見ている
刑事が戻ってきて
「確かに失踪届が出てる。不思議だなあ。えーと、どの辺に埋められているかわかりますか? 工場は広いですからねえ」
ときいた
探せよ、幽霊に頼るな、と言いたい処だ
「説明できないけど、行けば分かると思う、と言ってます」
「ですか? うーん。用意しましょう。明日の朝にご足労願えますか」
「いいですよ」
警察を出ると、瑠奈が少し離れて歩いていた
「あの時、誰かと話してるって思ったけど誰もいなかった。なんだろうとと思っていたけど、幽霊だったのね」
「怖い? 気色悪い?」
「少しね。でも、あたしはその人にも助けられたわけだから、気持ち悪がってはいけないのね」
「幽霊は幽霊だから、多少怖いのが普通な気がするけど。明日、遺体が見つかって葬式をすれば消えるんじゃないかな。いつまでもいられてはぼくも迷惑だ」
君が突然現れて、イーッとやるのを無視して歩き続けた
その夜も瑠奈を抱いて寝た
瑠奈は可愛いネグリジェを着ている。パジャマだとボタンを外して胸揉んだりもできるのだが、頭から被るタイプの膝上辺までのものなので、脱がし難いのだ。裾から手を入れて肌を撫でると、嫌がって、手を押さえる
もう少し待ってね、と言うのである
困った女である。仕方ないので、キスして、腰の辺を上から軽く撫でてから寝ていた
翌る日、瑠奈が会社に行った。働けるか、試してみるのだそうだ
私は工場跡で、君の遺体探しである
刑事が「何処だ?」ときくので「さあ?」と答えていた
幽霊が出てきてくれないと、私にはわからない
工場内をあてどなく歩いていると、奥の棚が並んでいる処で、君が現れて「そこだわ」と言った
見ると顔立ちが変わっている
「昨日、失踪人の写真を見て、思い出したの。本当はこんな顔だった」
美人で、瑠奈とどことなく似ている
レイプ犯の好みのタイプなのだろうか
「その辺らしいです」
指さすと掘り始める
「ゴムなしでやったそうだから、DNAが取れるかもしれない」
「もちろん、慎重にやる」
時間をかけて、多分、半信半疑で掘り進むうちに、服の切れ端が出てきた
「見ないで」と君が言った
「こんなの見たら、百年の恋も醒めてしまうわ」
「いや、別に君に恋してないから」
「酷い人ね。あたしはこんなに思っているのに」
「迷惑だってば」
話していると、刑事がマジマジと私を見ていた
「あっ、いや、加納さんが」
「抑えてくれ。皆が不気味がるから」
そういえば、二人ほどが気味悪そうにこちらを見ている
「あと三人いるそうです。場所は分からないらしいけど」
「全面的に掘り返してみるよ。ご苦労さんでした。以外の身元が判明したらまた連絡します」
瑠奈から、会社の友達が泊まりに来てと言ってくれたので泊まりに行きますから、今日は帰れないと連絡があった
ひっつき虫がいなくてホッとするかと思ったら、寂しい感じで時間を持て余した
仕方ないから、寝るべ、と横になったら、君が出てきた
夢か現か、分からない
「今夜は一人なのね」
「友達の処に泊まってくるって」
「毎晩、若い子を抱いて寝てるのにやらせてもらえないなんて辛いでしょ」
「まあ、そう云う処はありかな」
君は笑った
「だったら、あたしとやろうか」
「えっ、つ。幽霊だろ、君は」
「うん。なんとなくやれそうな気がするの」
そう言って、突然、裸になった。服なんか脱がなくて、突然裸だった
「あなたも脱いでね。脱がせて上げることは出来ないの」
「あっ、いやっ」
幽霊なんかとやっていいのだろうか。どつぼ的悪夢にはまりそうな気がする。その一方で、どうやるのだろうと、学術的な興味も若干感じた
裸になって、仰向きに寝る
キスして、抱き合う、乳房を揉んで乳首を吸った
〇〇が立って、君の中に入る
生きてる女性と変わらない
抱いて、今度は上になろうとしたら、君が言った
「無理。実体がないから、下にはなれない」
「実体がないって、しかし・・・」
と胸に触れ、腰に指を這わせた
「夢と幻。あなたが感じてるだけなの。起きて、夢を見ているようなものだわ」
「そうなのか、だったら、ゴムしなきゃ」
「幽霊だから、妊娠しないよ」
「いや、実体がないなら、精液でその辺が汚れそうだ」
「そういや、そうね」
とゴムして続きをした
生きてる女よりいいくらいだった
終わってから、しばらく抱いていた
それから、君はフッと消えた
よかったのだろうか?
幽霊相手にセックスなんかして
と、その夜は深く悩んだのだった