クビ
おハーブ大好きお嬢様の襲来から、翌日。
何が起きてもなくならないのが、コンビニバイト。爆ぜろッ。
自称、カゾの村屈指の品揃えを誇る雑貨屋・カゾマート。
おじさんの仕事は、朝の清掃から始まる。
品出し、POP作成、帳簿チェック、シフト管理、OJT。
気付けば、ワンオペばっちりバイトリーダー。
時給は上がらず、出勤時間ばかり延びていく。
機械のごとく、同じ動作を繰り返す。社会の歯車はファンタジーでも回り続ける。
ふざけろッ。こんなブラック、もう辞めてやる!
メロスが落ち着けよと窘めるくらい、おじさんは激怒した。
「エンドー、ちょっと来てくれ」
今日は珍しく休憩時間があり、バックヤードで呆けていた。
年齢より一回り老け込んだ店長に呼び出され、おじさんは後をついていく。
「店内じゃダメな話ですか?」
「まあな」
腕を組んだ店長が大きく息を吐いた。
目をつぶって、数秒間待たされて。
「単刀直入に言おう。エンドー、明日からお前の仕事はない」
「――え」
お暇を頂きました。
「クビですか? いや、確かに労働なんて不満しかないですけど! 何が原因ですか? これ以上、身を粉にするのは流石にうんざりですけど!」
「正直だな。本音がダダ洩れじゃないか」
やれやれと首を振った、店長。
「働きぶりに文句はない。経験者の手際だ。正直、お前が店長やれよと何度も思った」
「じゃあ、なぜ?」
「それは、俺の口からはなんとも」
店長が苦笑するや、言い淀んだ。
おじさんが無言の圧を放ち、くたびれた中年を追い詰める。
「事業拡大の資金援助」
「はい?」
「とある権力者から融資の話を提案されてな。突然舞い込んだ破格の条件に、オーナーが小躍りする始末だ」
つまり、どういうことだ? 簡潔に、教えて。
「従業員のエンドーをリストラしたら、100万イェンの返済不要金だそうだ」
「なに、ゆえ?」
意味が分からず、意味が分からなかった。
「サイタマの大地主に名前を通してくれるそうだ。汚い大人の話さ」
店長にそっと肩を叩かれる。
「俺も所詮、雇われの身。ガキが2人いるんだ。恨まないでくれよ」
「上司の発言は絶対。店長、心も社畜に染まったか。残念です」
「……これは退職金だ。受け取ってくれ」
「手切れ金の間違いでは? 本来、バイト風情に退職金はないですよね」
店長が強引に、封筒をおじさんに握らせた。
「これも条件の1つだ。じゃあな。おまえとの仕事、楽しかったぜ」
「おじさんは、仕事を楽しいと感じたことはないよ」
「ふっ、違いねえ」
そう言って、店長は疲れた表情のままカゾマートへ飲み込まれていった。
取り残されたおじさん。空を見上げ、独り言ちる。
「とりあえず、サビ残分の給料払えって訴えないと」
労働基準法? 何それ、美味しいの? どこの世界もブラック労働が蔓延していました。