勧誘
名称・ハーブティー。
生産者・タクミ。
品質・エクストラ。
分類・消費アイテム。
効果・体力魔力状態異常状態変化疲労疾患、回復(特大)。一定時間全ステータス、向上(特大)。
ランダムで能力値が永久に1向上する(重複可)。
「な、なんじゃこりゃぁぁあああーーっっ!?」
おじさん、びっくらこいて腰を抜かす。
イスから落下。新喜劇くらい、ズッコケたね。
「これが噂に聞くリアクション芸人ですわね」
「なんでやねん! せやかて、芸人も異世界転生する時代やっ」
異世界芸人はさておき、自分の目を疑ったおじさん。
「ローレルさん。これ、何?」
「おハーブティーですが」
きょとんと小顔を傾けた、お嬢様。
「いや、おかしいでしょ! 体力魔力状態異常状態変化疲労疾患、まとめてすこぶる回復! ついでに戦闘用のバフすごめ! あまつさえ、一杯飲んだら能力が1上がるステータスアップときた! こんなん、ぶっ壊れアイテムじゃんっ」
「おハーブティーはぶっ壊れですわ。当然でしてよ」
ローレルさんがやけに自慢げな様子。
「いやいや、この異世界には上級回復薬とかあるでしょ? 珍しい素材と熟練の技術を用いた上級ポーション的なやつ! なんで、素人のハーブティーが、全ての回復アイテムの効能をぶち抜いてるわけ!? おじさん、今までラストエリクサーを雑に大量生産してたのか! プレイ中、結局もったいないおじさんで、1個も使わないタイプなのに!?」
ついでに、ステータス向上系アイテムのおまけ付き。
控えめに言って、ゲームバランスが崩壊するチートアイテムだ。
「やはり、おハーブ……! おハーブは全てを解決しますわっ!」
何も解決していない。むしろ、これがバレれば命の危機である。
おじさん自体は、戦闘力が低い雑魚キャラなんだ。
「俺TUEEEを願ったけどさ、使いこなせないチートは身を滅ぼすなあ」
過剰な能力に気付いてしまい、持て余すことこの上なし。
ふと、転生前に行った女神の面接を思い出した。
かなり適当な人(神)だったが、仕事はちゃんとこなしていたらしい。
祐樹くんと舞姫さんだけ優遇したヤカラと恨んでました。ごめんなさい。
「ムサシの国には、農業特化スキルを持った人がたくさんいるよね。彼らに、ハーブティーを作らせたら同じものができる?」
「もちろん、叶いませんわ。エクストラ級のアイテムは、誰が、どのように、作ったか。それが最も重要な条件ですもの。タクミ様のおハーブティーは、再現性0。その神髄、真価を発揮できるのはあなたの特権でしてよ!」
おじさんは、頭を抱えた。目下、重要人物かもしれない。
おかしな話だが、せっかくチート能力を自覚したのに嬉しくない。
「わたくしが長年悩んだ頭痛を瞬時に和らげたその即効性。タクミ様のおハーブティーは、初めて歴史に登場した万能薬ですわ」
「疲労回復を信じて、寝る前の気休めドリンクだったけどなあ」
「事実、どんなに疲れていてもスッキリ起床なさったはずです」
不本意ながら頷いた、おじさん。
どれだけ異世界コンビニで強制労働を課されても、週7連勤を乗り越える気力を与えてくれたのはハーブティーだったのか。趣味の園芸ってすごーい。
ローレルさんは優雅に微笑んだ。
「ところで、いい話がありますの」
「如何に?」
古今東西、ファンタジーでもその手口は信用できないよ。
ちなみに、おじさん。ATMの脇によく、還付金詐欺のポスターを張っていました。
「わたくしの夢は、おハーブショップを開くことですわ。おハーブに救われたこの恩に報いたいならば、この世全てにおハーブの素晴らしさを普及していくのが道理でしょう」
ローレルさんがおじさんに、羨望の眼差しを向けてきた。
やめてっ! 純粋無垢のようで狂気を秘めた眼光やめて。
「さりとて、わたくしは一介のおハーブマニアにすぎませんの。好きなだけでは……1人で息巻いたとて、夢は妄想へと霞んでしまうもの。あぁ、この世は儚いですわ」
とても嫌な流れだった。
スーパー回復薬たるハーブティーを飲んでも、この悪寒は止まらない。
「否っ。否、ですわ。タクミ様、わたくしが探していた真の仲間! あなたがおハーブマイスターでしてよ!」
そして、ドヤ顔である。
「真の仲間……」
「真の仲間ですわ! おハーブショップ、一緒に営んでくださいましっ」
興奮気味に身を乗り出した、ローレルさん。
真の仲間なんて、初めて言われたよ。
友達はいた。けど、親友はいない。
バイトの繋がりがあった。社員はファミリー、都合の悪い時だけふざけるな。
性格が若干……すこぶる独特なローレルさんとの遭遇にて。
持たざる者だと諦めていたのに、チート能力が見つかった。
これが、おハーブ大好きお嬢様と始まる異世界転生ってこと?
おじさんは、これから巻き起こるかもしれない出来事を想像する。
あぁ、それはきっと――
「ハーブは趣味の園芸だし、店舗経営に参加できない。おじさんは静かに生きていくよ」
「……っ!?」
おじさんが深々と頭を下げるや、ローレルさんは崩れ落ちるように着席した。
「な、なぜですの……タクミ様は才能を活かすべきですわ。あなたのおハーブティーが埋もれてしまうなんて、わたくし堪えがたい屈辱でしてよ!」
「そこは、忍びがたきを忍び、堪えがたきを堪えてくれ」
おじさんは、ローズマリーの鉢植えを1個、ドライハーブとティーバッグを入れたビンを1つ差し出した。
「こちら、お土産にどうぞ。今日は久しぶりに面白いイベントに遭遇できてよかった。おじさん、銭湯行ってくるから。明るいうちに帰りなよ」
「お待ちくださいましっ。わたくしはまだ、諦めて」
「異世界転生した程度じゃ、人は変われない! この1カ月でハッキリ分かったことだ! 期待しないで、そっとしておいてくれ」
おじさんは、ローレルさんの返事を遮って住処から逃げるように脱出した。
お嬢様の悲しげな表情に胸をチクリと刺された。
結局、自信がないおじさんなんだ。
何もできない。何もしたくない。
ただ、安寧を求めるばかりである。